さっきから疲れた顔で呆然としている竜太さんの前にお盆を置くと、

「あ……」

ためらうようなそぶりを見せた。そうだろうな、と思う。こんなときにごはんなんて食べられないよね。

厨房に戻ると、

「いいから食え」

雄也の声。

「でも、僕……」

「食え!」

びっくりするほど大きな声を出した雄也に、

「ちょっと」

と、腕をつかんで抗議した。心が弱っている人にあまりにもひどい。デリカシーがここまでない人だとは思わなかった。

しかし雄也は私の手を軽く振り払うと、竜太さんに顔を近づけた。

「食えば全部解決する」

「……どういう意味?」

竜太さんの質問に私も同意する。

「ぜんぜんわからないよ。雄也、ちゃんと説明して」

ふたりでじっと雄也の顔を見るけれど、かえってきたのは舌打ちだった。それもかなり大きな音で。

「あのな。俺は温かい食事を出すことを生きがいにしているんだ。余計な会話をしてせっかくの料理を台無しにすんな」

「だけどこんなときに」

言いかけた私に、

「……わかりました」

あきらめたように竜太さんは言うと、箸を持って味噌汁をひと口飲む。

無理してでも食べようとしているんだ。

なんだかかわいそうに思っていると、

「味噌、変えました?」

竜太さんは雄也に尋ねた。

「い・い・か・ら・食・え」

ゆっくりひと文字ずつ区切って言う雄也の顔が、怒っていることに気づいた竜太さんは、「はい」と大人しく箸を進めた。

さっきの揚げ焼きされているものは、箸を入れた断面を見て正体がわかった。どうやら白身魚を丸めたもののようだった。間には色鮮やかな野菜が見えている。

「魚のフライ? ヨーグルトに合うの?」

「ああ」

洗い物を始めた雄也が小さくうなずいてから、

「俺も初めて知った」

なんて口にしたので驚いた。

「どういうこと?」

小声で尋ねるが、もう完全無視。答えずに水を洗う音だけが聞こえてくる。

それにしてもよりによって魚と野菜だなんて、竜太さんは好きじゃないのにな。

……と、あれ? 渋々食べていたはずの竜太さんの箸がどんどん進んでいることに気づく。むしろ、自ら進んで食べているよう。

そのとき、ゴミ箱の中のものがふと目に入り違和感を覚えた。

値札が貼ったまま捨ててあるトレー容器。そこには『キス』と記してあったのだ。