手葉院の裏手にある玄関の上がり框は夏というのにひんやりとしている。昔の建物は、日本の四季をしっかりと考えて造られているのだろう。

そんなことより今の発言が気になる。

「失踪、って大人がするものなの?」

グラスの緑茶を置いて尋ねると、和豆はあきれた顔で大きくうなずいた。

「大人だからするのよ。現に、穂香ちゃんもそうだったでしょう?」

「でも、千鶴さん、そんなことするかな」

天然っぽいけれど責任感の強そうな印象だったし。人に心配かけるようなことをするとは思えなかった。

「誰だって逃げ出したくなるときはあるわよ」

「そんなふうには見えなかったけどなぁ」

「あら。たった一度会っただけでしょう? 人間なんて心の奥ではどんなこと考えているかわからないものよ」

悩んでいる私に向かって和豆は、

「きっと、詩織ちゃんのせいよ」

キツイことをさらっと言ってくるのでギョッとした。

「な、なんで私のせいになるわけ?」

「だって、最後に質問したんでしょう」

「それは……」

話の流れで全部言ってしまったのだ。雄也にも、竜太さんにも言えずにいることを、和豆にはスラスラ話せてしまう。和豆が聞き上手っていうのもあるし、毎日の差し入れで正直、話を聞いてもらうのが楽しみになっているのもある。

「彼女はね、ずっと考えていたのよ。『このままでいいのかしら? 結婚する気もない男といて大丈夫かしら?』ってね。そこに、あなたが『幸せですか?』ってトドメを刺しちゃったわけ」

な……。

驚きのあまり喉の奥で息がつまってしまい、口をパクパク開閉する私。

「彼女はそこで気づいたのよ。『このままじゃいけない』って。『私には未来がある、だから旅立つのよ! 今すぐに!』」

舞台女優さながらに大きく体を動かして叫ぶと、

「これおいしいわねぇ」

副菜の奈良漬けをほおばりながらニッコリ笑っている。

「ひどい。そんなつもりで尋ねたわけじゃないもん」

「でも、彼女はその言葉でこれまでの自分を振りかえったのよ。そして結論を出した」

そう言われてみれば、あの一瞬の泣き顔は説明がつくよね……。

「今は、お互いつらいかもしれないけれど、きっといつか落ち着くわよ」

自分の言葉に、ふんふんとうなずいている。

「他人事だと思って」

最後の攻撃を試みるも、