演技が相当苦手なことがそれだけでも伝わってくる。

「千鶴、ゆっくりしていくといいよ」

そう言いながらも意味ありげな視線を私に送ってから、竜太さんは出口に向かって走る。

「あ、ありがとうございました」

見送りにも行けないまま言うが、きっと聞こえていないだろう。嵐のようにバタバタと出ていってしまった。



ようやく食べ終わった千鶴さんが、少し顔をしかめたのに気づく。

「どこか、痛いですか?」

「夢中になって食べてて忘れてました。腰のあたりがなんだかすごく痛いです……」

申し訳なさそうに言う千鶴さんだけど、

「痛みを忘れるくらいおいしかったです」

にっこりと笑ったので、私もつられてしまう。まるで空気を和らげるような雰囲気に、竜太さんが彼女を好きになった理由がわかるような気がした。

「喜んでもらえてよかったです」

「ここは、日替わりでメニューを出されるのですね?」

「はい。昨日は魚で、その前はお肉料理でした」

「そうですか。彼……竜太さんはお魚は食べないでしょう?」

クスクス笑う千鶴さんに、私も意地悪い顔を作る。

「薬だと思って食べているみたいですけれど、このメニュー以外の日は『ハズレだ』なんてぼやいてますね」

「好き嫌いが多い人ですから。食べ物もそうですけれど、思うままに生きていたいんですよ。自由に、縛られずに」

少し寂しそうに言う千鶴さんに、まとっていた空気が変わったような気がした。けれどすぐに、

「ま、私も自由が好きですけれど」

目じりを下げたので曖昧にうなずく。

少し胸がざわざわした。

そして、彼の頼みを聞くなら今しかない、と思った。

「あの、竜太さんとはもう長いおつき合いなんですよね?」

何気ない口調を意識するけれど、難しかった。

「そうですね。たぶん、一年……二年……あれ、もう少しつき合っていましたっけ?」

私に聞かれても困る。眉をひそめている私とにらめっこのように向き合ってから、

「あ、三年ちょっとですね」

自分で答えを導き出した様子の千鶴さんが、指を三本立てた。

なんだか不思議な人だ。おっちょこちょい、というか天然っぽいのかも。

「あの、失礼ですけど……その……結婚とかのご予定ってあるんですか?」

核心に迫る質問に千鶴さんは一瞬ぽかん、としたかと思うと、ふにゃっと笑顔になった。