「ネギはなくてよいと思うんだけどなぁ」

野菜嫌いの竜太さんのアドバイスに、千鶴さんは少し笑った。

「でも、歯ごたえがあるからアクセントになっています」

「まぁ……言われてみればたしかにそうかも」

「それにパンに染みこんだ豆乳の甘さが強調されますし」

そう言うと、千鶴さんは豚汁にも箸を伸ばした。

ひと口飲んでから大きくうなずく。

「どちらも豆乳を使っていますね。味噌は豚汁には使ってないので全然違う種類の味に感じられます」

興奮したように口にする千鶴さんは、そのあとは黙って食べ始めた。

珍しく驚いた顔をしている雄也と目が合った。味噌が入っていることは当てられても、それが信州から取り寄せた味噌だとわかった人は初めてだったから。千鶴さんは料理が得意なのかもしれない。おっとりしているように見えたけど、好きなものに対してはすごく熱く饒舌になる人なんだな……意外。

竜太さんがふと、箸の動きを止めたかと思うと、首をかしげた。

「でも、どうしてこの名前なの? 和風の名前なら『パン』はおかしくない?」

ああ、それは私も以前疑問に思って雄也に尋ねたことがある。雄也が私をチラッと見た。私が説明しろ、ってことだね。

「私も知らなかったのですけれど、『パン』は日本語だから大丈夫なんですって」

「へぇ、日本語なんだ」

ちなみに英語だと『ブレッド』になる。それに汁物は、『豆乳スープ』ではなく『豆乳豚汁』という名前で、塩味が豆乳に良く合っている。

竜太さんがチラチラ私を見てくる。

あ、そうだった……。千鶴さんの気持ちを探らなくちゃいけないんだった。

自分の使命を今さらながら思い出すけれど、竜太さんのいる前で聞くわけにもいかないし、どうすればいいんだろう?

そのときだった。

「あ、しまった」

素っ頓狂な声をあげたかと思うと、竜太さんがガバッと立ち上がった。端っこの席のナムも驚いて目を丸くして見上げている。

「今日会議があったんだった。やばい、遅刻だ」

この上ない棒読みを聞いてわかった。竜太さんの作戦なんだ、って。

「会議? それじゃあ行かなくちゃですね」

のんびりと答える千鶴さんに、

「ごめん。先に行くよ」

カバンを手にした竜太さんがポケットに入れていた千円札を私に渡してくるので受け取った。初めから用意していたことが丸わかりじゃん。