「そうそう。これがまた、うまいんだよなぁ」

うっとりとした表情をやさしく見た千鶴さんが、

「いつも竜太さん、この話ばかりしていますものね」

と、うなずいた。

不思議な感覚だった。

まるで先輩と後輩みたいな会話。

三年もつき合っているのに、どうして千鶴さんは敬語なんだろう。

とりあえずお茶を入れながらチラチラ、と観察する。

「用意して」

雄也の声に、棚から器を出す。フライパンではもうすぐ『卵浸しパン』ができあがろうとしていた。

もう何度か登場しているので、私も少し慣れている。

このメニューのときは、カロリーを考えて副菜はなく、汁物のみが添えられるのだ。

鍋から器に副菜代わりの豚汁を注いでお盆にセットすると、熱々の主役もお皿に載せられた。

「お待たせいたしました」

客席に回って千鶴さんの前に置いているうちに、待ちきれなかった竜太はカウンター越しに雄也からお盆を受け取っていた。

「さ、食べよう」

お箸を手にした竜太に、

「はい」

と、素直に千鶴さんはうなずくが、メガネが真っ白に曇ってしまいお箸を落っことした。

「あ、ごめんなさい」

「大丈夫です」

新しいお箸を雄也から受け取って交換すると、

「豚汁の具が野菜以外ならうれしいのになぁ」

そっちを気にもせずに、竜太さんはお箸でお椀の中から里芋をつかんでぼやいている。なんだかどちらもマイペースな似た者同士に見えて笑える。

「いただきます」

千鶴さんもひと口大に切ってある『卵浸しパン』を箸で持った。

すぐに漂ってくる香り、それはフレンチトーストではありえない食材のもの。

「味噌、ですか?」

と、千鶴さんが尋ねると雄也は少し目を開いた。

「ああ」

そうしてから熱々の黄色いパンを口に入れた千鶴さんは、またしてもメガネを白くさせながら「あ、おいひいれす!」とモグモグ口を動かしながら感想を言った。

「だろ」

ふふん、と自分が作ったわけでもないのに自慢げな竜太は、バクバクと箸を進めている。

千鶴は、ごくりと口の中のものを飲みこんでから、

「すごいです」

と、雄也を見た。

「想像以上においしすぎます!」

「あたりまえだ」

まんざらでもない様子の雄也はとぼけた顔をした。

「日本風のアレンジを加えるために、信州味噌とネギを間に挟んであるのですね」