翌日の仕事はなんだかヘンだった。

穂香さんの話が胸に残っていて、いつもみたいに雄也に軽口をたたくこともできずにいた。

……余計なことをして相手を傷つけていることもある。

昨日の雄也の話はもっともだ、と思った。

竜太さんがもうすぐ彼女を連れてくる。

自分の突っ走るクセがでないように気をつけなきゃ。



「おはよう」

昼前になって顔を出した竜太さんたち。

爽やかに店内に入ってくる竜太さんの後ろから、紺色のスーツに身を包んだ女性が姿を見せた。背が小さくて丸いメガネをかけている彼女は、深くお辞儀をした。

この人が竜太さんの彼女なんだ。よく顔を確認しようと注視していると、ちょうどナムが外から中に入ってくるのが見えた。

あ、危ない。思った次の瞬間、歩き出した彼女の足に後ろからナムがぶつかった。

「ひゃあ」

ナムの悲鳴かと思ったら、それは彼女の口から発せられていた。そして、そのままつるん、とお尻からすっころんだのだ。

それはそれは見事な転びかたで、かけていたメガネが遠くに飛んでいくほどに。

『キングオブ転びかた選手権』があるなら優勝間違いなし。お尻から思いっきり打ちつけ、すごい音が響いた。

何事もなかったようにのんびりといつもの定位置に座ったナム以外、誰も動けずにいた。

「大丈夫ですか!?」

呪縛から解けてかけつけると、

「いたたたた」

顔をしかめてお尻に手を当てている。

転がっていたメガネを渡すと、目を細めてそれを確認して、

「す、すみません」

あわてて装着する。

第一印象は、すごく幼く見える。本当に竜太さんより年上?ってくらい化粧っ気もなく、そばかすがある顔は若く見えた。

「ほんとによく転ぶなあ」

あきれたように、それでも手を差し伸べる竜太さんにつかまってなんとか立ち上がると、

「遅れました。私、島千鶴です」

と、ペコリとお辞儀をした。

「あ、いらっしゃいませ……南山詩織です」

ふたりでペコペコ挨拶をし合ってから席へ招く。

こっちの騒動なんて気にした様子もなく、雄也は今朝のメニューを作り始めていた。

「やった! 今日は『卵浸しパン』だ」

厨房を覗いて声を出した竜太が、ようやく横に座った千鶴さんに、

「これが例のやつ」

と、説明している。

「竜太さんのお気に入りのやつですね」