「うちの会社はスーツじゃなくても大丈夫なんだ。それにフレックスタイム制で出勤時間は選べるし。僕は縛られるのが嫌いだから気に入ってるんだ」
いつだかそんなことを言っていたと思う。
聞いたところによると、広告関係の仕事に就いているらしい。大人なのに、好き嫌いが多く自由を愛する彼は、ふわふわと浮かぶ風船のよう。嫌いな食べ物ばかりのメニューのときは目に見えてがっかりする様子も、子供が感情をそのまま表しているみたいに見えた。
自分でメニューを選べる喫茶店に行ったほうが良さそうなのに、彼はここが気に入ってくれているようだった。
それは、七月半ばのなんでもない晴れた朝のことだった。
今朝のメニューは『真アジのみぞれ煮』で、数日ぶりに来店した竜太さんはその匂いに、
「またはずれか」
と、苦笑した。エサ置き場でナムが『当たりだよ』とでも言いたげな視線を送っている。
「残念でしたね」
お茶を置きながら言うと、
「まぁ、『卵浸しパン』は、月に一度出るか出ないかだもんね」
と、肩をすくめた。
「他の朝ごはんもおいしいじゃないですか」
「うーん。だって嫌いな食材が多いからさぁ」
唇をとがらせながらお茶を飲んでいる。
「どうして魚と野菜が嫌いなんですか?」
「さぁ」
考えようともせずに首をかしげるので思わず苦笑してしまう。本当に自由な人。
他のメニューではなかなか箸の進まない竜太さんは、完食するのは『卵浸しパン』くらいのもの。
今も彼は、ブロッコリーを箸で突き刺して好意的とは言えない目をしてぼやく。
「昔からなんだよね。なにかがあった、ってわけじゃないけれど、ひとり暮らしをしちゃうと好きなものしか食べなくなるでしょ。それからずっと食べてない」
「私もキュウリは苦手です」
「僕も! あの青臭さだけは耐えられないよね」
「ですよね。昆虫になった気分になりますもん」
嫌いな食べ物で意気投合している私に雄也が、
「んなこと言ってると、好きになるためにキュウリだらけの強化メニューを作るぞ」
とからかってきたので、ふたりして顔をしかめた。
「まぁ、僕の場合はキュウリだけじゃなくて、野菜は全般的にダメなんだけどね」
そう言いつつ口に放りこむと、お茶で流すように飲みこんでから息をついた。
いつだかそんなことを言っていたと思う。
聞いたところによると、広告関係の仕事に就いているらしい。大人なのに、好き嫌いが多く自由を愛する彼は、ふわふわと浮かぶ風船のよう。嫌いな食べ物ばかりのメニューのときは目に見えてがっかりする様子も、子供が感情をそのまま表しているみたいに見えた。
自分でメニューを選べる喫茶店に行ったほうが良さそうなのに、彼はここが気に入ってくれているようだった。
それは、七月半ばのなんでもない晴れた朝のことだった。
今朝のメニューは『真アジのみぞれ煮』で、数日ぶりに来店した竜太さんはその匂いに、
「またはずれか」
と、苦笑した。エサ置き場でナムが『当たりだよ』とでも言いたげな視線を送っている。
「残念でしたね」
お茶を置きながら言うと、
「まぁ、『卵浸しパン』は、月に一度出るか出ないかだもんね」
と、肩をすくめた。
「他の朝ごはんもおいしいじゃないですか」
「うーん。だって嫌いな食材が多いからさぁ」
唇をとがらせながらお茶を飲んでいる。
「どうして魚と野菜が嫌いなんですか?」
「さぁ」
考えようともせずに首をかしげるので思わず苦笑してしまう。本当に自由な人。
他のメニューではなかなか箸の進まない竜太さんは、完食するのは『卵浸しパン』くらいのもの。
今も彼は、ブロッコリーを箸で突き刺して好意的とは言えない目をしてぼやく。
「昔からなんだよね。なにかがあった、ってわけじゃないけれど、ひとり暮らしをしちゃうと好きなものしか食べなくなるでしょ。それからずっと食べてない」
「私もキュウリは苦手です」
「僕も! あの青臭さだけは耐えられないよね」
「ですよね。昆虫になった気分になりますもん」
嫌いな食べ物で意気投合している私に雄也が、
「んなこと言ってると、好きになるためにキュウリだらけの強化メニューを作るぞ」
とからかってきたので、ふたりして顔をしかめた。
「まぁ、僕の場合はキュウリだけじゃなくて、野菜は全般的にダメなんだけどね」
そう言いつつ口に放りこむと、お茶で流すように飲みこんでから息をついた。