常連客のひとりである林竜太さんの印象は?と尋ねられたら、真っ先に『魚と野菜が嫌いな人』と答えるだろう。
彼はほとんどの魚と野菜が食べられない。その代わり、たまにメニューで出る『卵浸しパン』をこの上なく愛している。来店してみないとメニューがわからない店のため、『卵浸しパン』に当たることを楽しみに、足しげく通ってくれている常連さんだ。
林竜太さんに初めて会ったのは、このお店に勤めだしてすぐのころだった。
店に入ると同時に目を閉じてクンクンと匂いを確認した彼は、開口一番、
「今日は『卵浸しパン』だね」と、うれしそうに話しかけてきた。それから新顔の私に気づいたようで、
「あれ? きみ、誰?」
なんて目を丸くしてたっけ。
愛想のよい笑顔で、茶色に染められた髪はふわっとパーマをかけている。同い年くらいかと思ったら三十歳になったところらしい。
「そろそろ『卵浸しパン』の予感がしていたんだ」
うれしそうにカウンターに腰をおろすと、
「毎朝同じ予感に裏切られているだろうが」
苦笑した雄也に、子供みたいに頬を膨らませた。
「だって雄也さんちっとも作ってくれないからさ」
「うちのメニューは日替わりだからな」
ふたりの掛け合いを眺めながらも疑問が浮かぶ。今朝のメニューは、竜太さんが楽しみにしていた『卵浸しパン』ではなかったから。
念のため雄也がフライパンで作っている料理を確認すると、やはり食パンが、ミルクの海で泳いでいた。これはどう見ても『フレンチトースト』だ。かわいそうだけれど竜太さんの予想はまた外れたってことかも。
「ほら、できたぞ」
雄也の合図に、カウンターの向こうに回り、お盆に載せられたお皿の上にあるフレンチトーストを置く。
「久しぶりに食べられる!」
感極まったように、これまでに聞いたことのない高い声の雄たけびを上げる竜太さん。
「あの、これが『卵浸しパン』……ですか?」
「もちろん!」
興奮した様子の竜太さんは、目線をお皿から外さずに言ったので謎は深まるばかり。
「でも、これって『フレンチトースト』でしょ?」
と、口にしたとたん、ふたりのキッとした視線が飛んできた。
「全然違う」
「そうだよ」
多勢に無勢とはこのことで、目を丸くした私に雄也は、
「食ってみろ」