それから私は惹き付けられるように窓の方に向かい、カウンター席の中央に座わった。

あの雨だったから、ランチ時にもかかわらず席が空いていたのだろう。

メニューを見ていると『あっ』と女性の声が聞こえた。何だろう、と声の方を盗み見ると、右端に座る女性が隣の男性に満面の笑み掛けているのが見えた。そして、彼女はおもむろに窓に向かってスマートフォンを向けた。

何気に私もそちらに視線を向け、ハッと息を飲んだ。
いつの間に現れたのか、湖を跨ぐように大きな虹が架かっていたのだ。

未だかつて私は、あんなに鮮明であんなに大きな虹を見たことがない。
感動で胸が一杯になり、目頭が熱くなった。

過去のあの出来事以来、私は感情をどこかに置き忘れたように生きてきた――それで創作などしているのだから、チャンチャラ可笑しいのだが……。

そんなカラカラに乾いた我が身に水が与えられた瞬間だった。

空と湖の間に弧を描く七色の橋を、私も真似っこのように写真に収めた。
その写真は今も保存してあるが、カメラマンの腕が悪いのか、残念ながらあの感動をもう一度とはならない。


 *


「何を思い出し笑いしているの?」

あっ、と我に返り、照れ笑いを浮かべる。

「――初めてここに伺った時の事をちょっと……」
「あの日の雨は凄かったね」
「湖陽さんも覚えているの?」
「当然。衝撃的だったから」