「じゃあ、ちょっと待っていて」

美しいウインクを一つ残し、湖陽さんが厨房に消える。
きっとテイクアウト用に夕飯を作ってくれるのだろう。

私の恥ずかしい失態は、このテイクアウトに深くかかわりがある。そして、作家だとバレたことにも関係する。





過去のしがらみを全て捨て、何の関わりもなかったこの地に越してきたのは大学四年の七月のことだ。

結局、四年の後期は一回も大学に行かなかった。卒業式にも出なかったが、それなりの成績を収めていた私は先生方の名付けた、『訳あり子ちゃん』の仲間に入れてもらい、特別なレポートでちゃんと卒業証明書を手にした。

その失態はカフェ・レイクに通い始め、ちょうど一ヶ月経った十月の第一週に起きた。

本格的な秋の到来は、特別な何かあるわけでもないこんな私をも浮き足立たせた。
だが、その思いをぶち壊す輩が一人。担当編集者ナルシストK様だ。

この人だけは切り捨てられなかった。捨てたら私の生活が成り立たなくなるからだ。

私はこの人の素性を一切知らない。なぜなら会ったことがないからだ。
そして、K様も必要最低限のこと以外、私のことを知らない。

私たちの会話はネット上でのみ。電話は緊急時のみ。長い付き合いの中、直に話したのは三回だけ。声の感じで男性だと言うことだけは判明した。