何故なら、私の未来は過去を消化できるその日までないからだ。
そして、その日は一生こない。
忘却の彼方に葬り去りたい過去が、私を縛っているからだ。

だが、それは私が犯した罪への罰。
だから敢えて抗わない。

「岬さんって、時々、トリップしますね」

ゆっくり現実の世界に意識を戻す。

「――湖陽さん、そろそろ厨房に戻られたらどうですか?」

意識が飛ぶのは職業病だ、言われなくても分かっている。が、他人から口に出して言われると少し腹立たしい。

私は作家だ。大学三年の冬にデビューした。

きっかけはあの辛い出来事だ。それを忘れるための唯一無二の趣味、ネット小説を寝食忘れ書きまくった。

捨てる神あれば、拾う神もある。
私は出版社に拾われた。そして、オプションで幸運まで頂いた。

処女作が有名な監督の目に留まり、映画化されたのだ。その後、それが賞を取り、海外でもドラマ化された。

それ以来、私は生活の全てを執筆に捧げている。恩に報いるため。

余談だが、自己都合で海外で暮らす両親は、ドラマをリアルタイムで鑑賞するたびに長文の感想文を寄越してくる。そして、その感想文の感想を寄越せと催促する。

これには参った。親心故の甘々な感想に、どんな返事をすればいいというのだ。あれでちょっと運気が下がったような気がしたのは、気のせいではないと思う。