「ではこちらのお荷物をお預かり致します」
「はい、お願いします」

私はそう言うと、気づかれないくらいの小さなため息をついた。
程よく沈み込む柔らかな絨毯フロア。
仰ぎ見るほど高い天井にはキラキラと輝くシャンデリア。
いつもより2cm高いヒールと、フォーマルなワンピースに身を包みながらも、私の心は沈んでいた。

 「あ、朋ちゃん?もうすぐホテルに着くよ」
「ごめーん、依子…。今日行けなくなっちゃった…」
「え…ええ!?」

高校時代からの友人、園田朋美から電話があったのは、数分前。
ホテルの目の前の事だった。

「実は息子が熱出しちゃってさ…。これから救急行かなきゃいけないんだ」
「ありゃー…それは大変だね…。うん、分かった。お大事にしてね」
「あ、あのさ。私が誘ったくせに言うのも何なんだけど、依子はちゃんと出てね?」
「え?も、もちろんだよ!朋ちゃんの分まで、ご馳走食べてくるよ!」
「そっか。安心した。じゃ、また今度今日のことは聞かせてね」
「オッケー!任せといて」

朋ちゃんが行かないならこのまま引き返そうかと、一瞬頭の中を過ぎったことを見透かされたような気がして、明るく平然を装って電話を切った。
しかし、ホテルに入り会場フロアに辿り着き、こうしてクロークに荷物を預けた今、遂に逃げ出すことも出来ないのだという現実に、胃がキリキリとした。