人前であるという事も確かにある。けれど、俺はそもそも恋人じゃない。かと言って婚約者でも旦那でもない。どちらかと言えば友達寄りの元顧問、元副担任だ。
手を繋ぐ事すら出来ない立ち位置にいる。他人とも言い難い関係の俺に抱き締められた所で嬉しくはないだろう。変な奴だと嫌われすらするだろう。軽蔑な眼差しで見られて最悪の場合、また人を怖がるようになるかもしれない。
俺にはそんな大層な事が出来るはずなかった。ただ笑って、俺への心配を冗談にして和らげてあげる事が精一杯の愛情表現なんだ。
それ以外、特に出来る事なんて俺には何もない。悔しいくらい、めげてしまうくらい本当に何もない。彼女の笑顔ですら、ちゃんと引き出してあげれているのか分からない。

「二日酔いかもな」

口許に手を添えてクスッと笑う彼女。今日初めて俺だけに向けられた彼女の笑顔が俺の心を清くしていく。