【夏菜side】
祭りが行われている神社の隅。
駐車場に、1つだけポツンとある電灯が、高いところを白く照らしている。
ときどき人は通るが、暗くて、顔や正確な人数までは分からない。
おそらく、あちら側からも、同じように見えるのだろう。
「俺、夏菜のこと、好きなんだよね。もし良かったら、付き合ってほしいなって」
私は、手に持った巾着袋の紐を、ギュッと握り直した。
言うまでもなく、誰にも秘密なガッツポーズだ。
巾着袋と同じ手に持っていたスマホの画面が、音を立てずに点く。
どうやらメッセージが来たらしい。
気づかれないようにそっと見る。
『【☆ミキ☆】 今どこー? レイと一緒なの-?』
うるさいぞ、本野実希。
私は、既読を付けずに知らんぷりした。
「ほんとに? 嬉しい。・・・・・・告白されたの、初めてだから」
「え、嘘ッ!?」
「嘘じゃないよ。・・・・・・やっぱり、桐下君は、付き合ったこともない女子なんて嫌、かな?」
浴衣の袖を握って口元を隠し、少し顔を背け、上目遣いで桐下怜(きりしたレイ)をちらりと見やる。
「そんなことないッ!」
桐下怜は、大きく手を振って私の言葉を否定した。
「よかった」
祭りの浮かれた空気に、私の控えめな声が浸透していった。
***
祭りからの帰り道。
「家まで送るよ」という彼の申し出を「じゃあ、駅までお願い」と甘え(あるいは遠慮し)、私は1人夜の住宅街を歩いていた。
浴衣を着ているため、私の歩くスピードはバカみたいに遅い。
左手に巾着袋、右手にスマホを持って、今私はある人に電話をかけていた。
空を見上げて、以外とよく見える星々を眺める。
『もしもし』
「もしもし、隼人?」
『うん。・・・・・・どうだった?』
「成功した」
告白された方が“成功した”と言うとは一体どういう了見だろうか。
仕方ない。これは計画のうちの1つなのだから。
『了解』
小学校が近くにある住宅街には、朝顔の植木鉢や小さい自転車、とびだし注意の看板など、どこもかしこも子供とその家族が生活しているにおいが染みついている。
私が小学生の頃から変わらないもの、新しくできたもの。
どれも、子供が暮らす前提で作られている。
そんな場所で、そんな私のテリトリーで、私はなんていうことを考えているのだろうか。
あちらこちらに、私の子供の頃の、大人になれば忘れてしまうような小さな思い出が転がっている。
なんだか、昔の自分にすごく申し訳ないような気がする。
嫌々こんなことをしているならまだしも、自分の意思で、自分の価値観に沿って行動しているのが、子供の頃を思い出した私をさらに苦しめる。
でも、もう止まることなんてできない。
「ごめんね」
『え? 何が?』
思わず、独り言が口から漏れた。
「あ、いや、遅い時間に電話してごめんねって」
呼吸するように、すらりと言い訳を口に出す。
『大丈夫だよ、まだ8時だし』
「そうだね。じゃあ、また、学校で」
『うん』
夏の夜の風は、浴衣の内側にかいた汗を乾かして、必要以上に私の身体を冷やしていく。
冷静になった私は、いまさらどうしようもない子供と今の差に思いをはせることを止めた。
背筋を伸ばし、指先まで神経を這わせて、私の理想の女の子になりきる。
なりきれば、女子はいつか、そうなれる生き物なのだから。
祭りが行われている神社の隅。
駐車場に、1つだけポツンとある電灯が、高いところを白く照らしている。
ときどき人は通るが、暗くて、顔や正確な人数までは分からない。
おそらく、あちら側からも、同じように見えるのだろう。
「俺、夏菜のこと、好きなんだよね。もし良かったら、付き合ってほしいなって」
私は、手に持った巾着袋の紐を、ギュッと握り直した。
言うまでもなく、誰にも秘密なガッツポーズだ。
巾着袋と同じ手に持っていたスマホの画面が、音を立てずに点く。
どうやらメッセージが来たらしい。
気づかれないようにそっと見る。
『【☆ミキ☆】 今どこー? レイと一緒なの-?』
うるさいぞ、本野実希。
私は、既読を付けずに知らんぷりした。
「ほんとに? 嬉しい。・・・・・・告白されたの、初めてだから」
「え、嘘ッ!?」
「嘘じゃないよ。・・・・・・やっぱり、桐下君は、付き合ったこともない女子なんて嫌、かな?」
浴衣の袖を握って口元を隠し、少し顔を背け、上目遣いで桐下怜(きりしたレイ)をちらりと見やる。
「そんなことないッ!」
桐下怜は、大きく手を振って私の言葉を否定した。
「よかった」
祭りの浮かれた空気に、私の控えめな声が浸透していった。
***
祭りからの帰り道。
「家まで送るよ」という彼の申し出を「じゃあ、駅までお願い」と甘え(あるいは遠慮し)、私は1人夜の住宅街を歩いていた。
浴衣を着ているため、私の歩くスピードはバカみたいに遅い。
左手に巾着袋、右手にスマホを持って、今私はある人に電話をかけていた。
空を見上げて、以外とよく見える星々を眺める。
『もしもし』
「もしもし、隼人?」
『うん。・・・・・・どうだった?』
「成功した」
告白された方が“成功した”と言うとは一体どういう了見だろうか。
仕方ない。これは計画のうちの1つなのだから。
『了解』
小学校が近くにある住宅街には、朝顔の植木鉢や小さい自転車、とびだし注意の看板など、どこもかしこも子供とその家族が生活しているにおいが染みついている。
私が小学生の頃から変わらないもの、新しくできたもの。
どれも、子供が暮らす前提で作られている。
そんな場所で、そんな私のテリトリーで、私はなんていうことを考えているのだろうか。
あちらこちらに、私の子供の頃の、大人になれば忘れてしまうような小さな思い出が転がっている。
なんだか、昔の自分にすごく申し訳ないような気がする。
嫌々こんなことをしているならまだしも、自分の意思で、自分の価値観に沿って行動しているのが、子供の頃を思い出した私をさらに苦しめる。
でも、もう止まることなんてできない。
「ごめんね」
『え? 何が?』
思わず、独り言が口から漏れた。
「あ、いや、遅い時間に電話してごめんねって」
呼吸するように、すらりと言い訳を口に出す。
『大丈夫だよ、まだ8時だし』
「そうだね。じゃあ、また、学校で」
『うん』
夏の夜の風は、浴衣の内側にかいた汗を乾かして、必要以上に私の身体を冷やしていく。
冷静になった私は、いまさらどうしようもない子供と今の差に思いをはせることを止めた。
背筋を伸ばし、指先まで神経を這わせて、私の理想の女の子になりきる。
なりきれば、女子はいつか、そうなれる生き物なのだから。