夏菜side

「嫌いじゃないけど、今は部活に集中したいんだよね」
「そっか、なら仕方ないね」

 付き合って欲しい、という要望に対する拒否の返事に、私はあまりにも素直に応じた。
 涙など、出るはずもなかった。

 学校祭期間中の校舎内は、生徒たちの呼び込み、足音、笑い声で静まるときがない。
 一般客は立ち入り禁止の4階東側廊下で、その喧噪にかき消されそうになりながら、私は何とか言葉を紡いで告白し、そしてフラれた。

 これからクラス企画のシフトがある直(なお)と、生徒会室に戻らなければならない私は、別れを告げた後、反対の方向に歩いて行く。
 歩きながら腕時計を確認する。
 あと15分後にある体育館監視から、私はノンストップで様々な仕事をこなさなければならない。

 逆に言い換えれば、この告白に割いた5分と残りの15分、あわせて20分が学校祭2日目の今日にできた、私のわずかな自由時間だったのだ。


――部活に集中したい。
 直はハッキリと、私に言った。
 フるのには、ありきたりな理由だ。相手も傷つけないし、パッと見は実に優秀なセリフだろう。
 しかし、そこには、人によっては深い落とし穴がある。

 直に好きな人ができたとき、あるいはタイプの子から告白されたとき、もしその子とつきあいたいと思ったら、彼は部活に集中しなくなることになる。

 もちろん、「あんなのは建前だった」と割り切って、その子と付き合うことはできるだろう。私が本当に直の心を掴んでいれば、きっと彼も断ったりはしないはずだから。

 だけど、直にはそんなことはできない。
 彼は、自分の言ったことに責任を持つ。そういうタイプだ。

 その意味のない責任が、後に彼を苦しめるかもしれない。
 気づいていながら、彼に言い直すチャンスを与えなかったのは、もちろん私の小さな意地悪心だ。

 フッた女に責任なんて感じなくていいのに、きっと彼は今日の日を思い出す。好きな子と、付き合っても付き合わなくても。



「いいの? そんな理由で。3年の夏まで、あと2年間。君は本当に誰とも恋をしないつもりなの?」

 立ち入り禁止のテープをくぐり抜けて、私は呟く。
 誰もいない東側廊下より、人の溢れかえる教室前の方が、誰にも――自分にも――聞こえないことを知った。