愛とかゆみと咳だけは、

私、篠原羽菜はとてつもなく動揺していた!



心配する両親をやっとの思いで説得し
入手した新品のスマホを握りしめ
ベットに突っ伏した。



束の間、そろそろと顔をあげ画面をのぞき込む。


『成瀬太一』


液晶に浮かび上がる、見るだけで胸がキュンとなるそんな名前…

あと数時間後、明日誕生日を迎える

私の片思いの相手。
夏休み直前、意気揚々とクラスのみんなにスマホGETの報告と
アドレス交換のお願いに回っていたその時
不意に声をかけられた。



「篠原、俺のアドレスも教える。あとついでに誕生日も」



ニカッといつもの愛想のいい笑顔で
夏の日差しで焼けた腕をこちらに伸ばすと
慣れた手つきでアドレスを入力していく。
見とれていた私の手にスマホを戻すと



「俺、夏休み中に誕生日が重なるの。みんなに祝ってもらえなくてなんか損した気分」



なんて可愛い事を言うもんだから



「誕生日覚えてたらおめでとうメールしてあげる」




そんな約束をしてしまった。




そんな私の隣でやり取りを見ていた親友の山本美幸に
よくやったと親指を立てられたのはついこの間の出来事。
どうしようどうしようどうしよう・・・



約束はしたけど、したんだけど、しちゃったけど



無理だよ!



こんなに緊張して、指先震えて



さっきからただ一言、『誕生日おめでとう』すら書いては消してしを繰り返してるのに。
私、なんて意気地がないんだろう、せっかくのチャンスなのに。


「成瀬君ゴメン・・・」




ベットの端に座り直し、手の中のスマホを握りしめた


と、同時に






ぶるる、ぶるる、ぶるる。
振動するスマホ、親友である美幸からの電話だった。



「もしも…」



言い終わらないうちに美幸が一気にしゃべり始める。




「あー、もしもし羽菜! もちろん覚えてるよえ! 明日は成瀬の誕生日だよ! って言っても後30分だけどさ。もちろん送るよね、おめでとうメール!」




「あの、それなんだけど、ちょっと無理…かも」




「えぇーーー、なんで、どうして! せっかくのチャンスなのにぃ!」
美幸は私が成瀬君を好きなことも、もちろん知っていて応援してくれていた。
だから自分事のように励ましてくれるのはすごく嬉しいんだけど



「メール送る勇気が、ない…それに、好きでもない女の子からおめでとうメールなんかもらっても気持ち悪いだけじゃないかな?」



色々言い訳を探して諦めようとする私に美幸が声を荒げた。



「何言ってんの? あの時の二人の会話いい感じだったよ! それにたとえ気のない人からのお祝いされたって気持悪いなんて思うはずないじゃん! 大丈夫だよ、大丈夫!」



「美幸…」
「 『愛とかゆみと咳だけは、どんなことをしたって、隠し通すことのできないものである!』 」



「…?なに、それ」



「知らない? トーマス・フラーの名言」



いきなり美幸からトーマス・フラーの名言を聞かせられるとは思わなくて一瞬何がなんだか理解不能に陥ったけど冷静に考えるとおかしくて私は噴出した。




「え、なんで笑う?!」




「ありがとう、美幸。そうだねこの気持ちは隠せないよね。メールちゃんと送るよ」

美幸との電話を切った後、12:00まで残り数分、私は少し緊張気味にメールを打った。




『誕生日おめでとう。この一年が成瀬君にとって幸せでありますように』