目を閉じるとあの声が聞こえる。
あの景色が見える。
ずっと前の話。
「──バイバイ。」
優しい声。
いつも、誰かがそう言って僕の頭を
なでてくれた。
どこか悲しそうな顔で。
待って、と言いたい。
行かないで、と叫びたい。
腕を伸ばしてあの子の手を掴みたかった。
でも、弱い僕は何も出来なかった。
腕が動かなかった。
言いたい事が山ほどあるのに
喉の奥でつっかえて出てこなかった。
怖かったんだ。
言ってしまったら壊れそうだったから。
掴んでしまったら手からどんどん崩れて
消えて行きそうな気がして。
だから僕は
「またね。」
と、だけ言った。
もう、会えないって分かっていたのに。
最後に出た、1つだけの気持ちは
一筋の涙として僕の頬を撫でるようにして
落ちていった。
目の前が滲む。
光がどんどん強くなっていく。
大切な誰かが光の中に消えていく。
──今はもういない誰かが。
目を開けると先程の思い出らしきものとは
正反対の暗闇で満ちていた。
閉じられたカーテンは周りをガムテープでしっかりと固定され、少しの光でさえ
入ってこない。
ただ、ドアの下にある隙間からの光で
ぼんやりとだけ家具の配置が
分かるくらいだった。
更に、部屋の床を埋め尽くす大量の紙は
全て手や、目や、髪という体の1部分が
鉛筆で濃く描かれており、扉の明かりではっきりと分かるほどだ。