靴を履き替えて、顔を上げる前――― 私は初めて渉先輩に声を掛けた。
いつも遠くから見てるだけの先輩といま。
私は対面してる。
「えーっと……」
「あ、愛美っていいます。 1年のときに、渉先輩に音楽室を案内して貰いました」
「うん、知ってる」
え、どうして?
覚えていたの?
「まぁね、覚えてるよ」
にこっと、照れたように先輩が笑う。
「だってあの時の愛美ちゃん、すごい困った顔してたし。 あれからずっと俺に挨拶したりしてくれてたじゃん? だから、ちゃんと覚えてた」
いつの間にか靴を履き終えてた先輩は、辺りを見回して、邪魔にならないように私たちは下駄箱の隅に移動した。
いつも遠くから見てただけの渉先輩といま、向かい合って話してることが、夢のよう。
これは現実?
夢じゃない?
こそっと手の甲をつねってみた。
いたっ…… ってことは現実か。
「俺、部活とかしてなかったからさ、挨拶してくれたりする愛美ちゃんのこと勝手に後輩って感じで見てたんだよね」
そうだったんだ。
私だけが一方的に見てるだけだと思ってたけど、先輩も私を見てくれてたんだ。