「……中(教室)にいるんじゃない」


そう言って歩き出し、わざとらしくため息をつきながら犬っころの横を通り過ぎようとしたときだった。


「三毛」


ぽつり、と人の名字を呟くから、思わず足を止めて振り返る。

しかも何?

やけに真面目な雰囲気でこっち見てくるじゃん。

やめてくれないかな。

おれ、こういうの本当に苦手なんだけど。


「お前さ」


なにか思い詰めた表情で、俺を見てくる。


「……なに」


しかしいつまでもそのあとの言葉が出てこなくて、イラッとした俺は眉間にしわを寄せた。

早くしろよ。

そう言わんばかりに…次の言葉を急かすように、もう一度背を向けようとした時だった。


そんな俺を見た犬っころは、「いや、なんでもない」と微笑んで見せてきた。


「気を付けて帰れよな、じゃ」


片手を上げてそう言った後、犬っころはあいつのいる教室に入っていった。


「陽愛」

「れ、玲央くん……? なんで……」

「や、一緒帰らねーかなーっと」


中からはそんな2人の会話が聞こえてきて。


不思議なことに、俺の足はそこから一歩も動かなかった。