一度酷く落ち込んだことは心が忘れない。
乗り越えるのにすごく時間がかかるんだ。
私はまだ……
五年経っても乗り越えられない。
「ったくー。仕方ねーな」
「……な、何か企んでる……?」
「沙稀が告白ってやつを出来るよーにセッティングしてやるよ」
「えぇ!?
いやいいって……!」
「何かのキッカケでも無いとお前らはいつまでも進展しなさそーだし」
「……燐……っ」
「あ、勘違いすんなよー。
早く柊耶にフラれてオレのとこ来いって意味だからな」
「……はは。
なにそれ……」
こんなことを言うけれど、ちゃんと私を心配してくれるのが燐だった。
昔から燐は強がる私を諭しては私が泣けるまで傍にいてくれた。
……だから……私は……
燐を心の底から恋人として好きでいられたらきっと……
宇宙一って言える位、恥ずかしい幸せ者だったのかも知れない。
言い聞かせてそれが出来るなら……
どれだけ楽になれただろうか……。
「で、どーすんの?」
「ど、どうって……」
「このままだとあの美人教師にもってかれるかもよってことだ」
「そ、そんなこと……!」
「完全に無いって言い切れんの?」
「……っ」
そう問う燐と口ごもる私のもとに柊耶が早足で戻ってくる。
「お、どした柊耶」
「ごめん、何も言わないで向こう走ってって。
オレこれから勉強だから……また明日」
「おーっす」
「ま、また……明日」
「あ、そーだ。柊耶」
「うん?」
「今週の日曜日って空いてるか?」
「多分……。なんで?」
「ちょ、ちょ……燐……っ」
燐に制止を求めるが、奴があたしの言うことを聞かないことは嫌でも承知の上。
「三人で久しぶりに出掛けね?」
「……へ?」
「おー、いいじゃん。賛成っ。
沙稀は?」
「あ、たしも……空いてる……けど」
「じゃあ決まりっ。
またグループに連絡入れるよ」
……さ、三人で?
家に入っていく柊耶を見送ってから質問ありありですの視線を投げ掛ける。
「ばーか。
当日オレはドタキャンするって。
誘いやすくしただけ」
「……何で今言うんですかね。
やっぱり馬鹿なんですか」
当日行きたくなさマックスになったよ。
「ま、今週の日曜日ケリつけてこいよー」
「フラレる前提ですか……」
まぁ確かにオーケーされる確率もあるとは全く言えない。
今の所、告白する気もないし。
「あ、当日告白してねーの発覚したら夜ご飯奢りだかんなー」
「悪魔めぇ……!」
華麗に弱点を突いてくるはた迷惑な悪魔にげんなりと溜め息を一つつくのであった……
*
そして迎えた日曜日。
燐は予告通りドタキャン。
つまりは何も知らない柊耶と二人きりな訳で……
燐が来られないことを知った柊耶から、なんと話したいことがあると言われて只今カフェにいます……。
話って……なんだろう……
この日のために燐と二人で選んだ勝負服に髪の毛にメイク。
沈黙が何とも落ち着かなくて緩く巻いた髪に指を絡める。
「あ、あの……話したいことって……?」
「……その……。
燐には言いづらいことっていうか。
沙稀に……聞いてほしくてさ」
座り直した柊耶が真っ直ぐに私の目を見つめる。
澄んだ黒茶の瞳に自分の緊張した面持ちが映っていた。
燐には言いづらくて……私には?
それって……もしや?
もしやする!?
私の努力が遂に実ったり……っ!
「……あ、愛実さんのことで……」
「…………え?」
「そのオレ……愛実さんのと好きになったみたいで……」
「……好き……に」
……嘘……だよね?
なんでよりにもよってあんな勝ち目の無いような人なの……?
「燐に言ったらさー、アイツ口滑らせて愛実さんに言いそうでさ」
困ったように笑う柊耶。
私も合わせて笑っていたけれど上手くなんて笑えない。
口の中がカラカラで視線が嫌でも下に下がる。
「ま、まぁそれで……女の子である沙稀に相談にのってもらいたくて」
「……そ、そっか……」
「沙稀?
具合悪い……?」
「……ご、ごめん柊耶……
今日あたし帰っても……いいかな……」
「え、あ、ちょ……!
沙稀!?」
椅子から大きな音を出して立ち上がり、フラフラと柊耶の声も聞かずに歩き始める。
……泣いちゃだめ。
まだ、だめ。
せめて……一人になれるまで……。
「沙稀……!
どうかしたの?」
大きな手が私の手首を優しく掴む。
同じくらいだったはずの手も背丈もいつの間にか追い抜かされて遠くなって……。
私なんてもう柊耶は見えなくなっちゃったんだね……。
「ったくー、だから昨日早く寝ろって言っただろーが」
「……っ燐!」
もうどうにでもなれと半ば泣きかけて柊耶と向き合おうとした時、もう一つの声が。
その正体は燐で……。
「悪いな、柊耶。
今日用事潰れて来れたから来てみたけどもう解散か?」
「……うん。
沙稀が具合悪そうで……」
「そか。
じゃあオレが送ってく」
「いやオレも……」
「いい。
オレの方が家も近いしな。
現地解散ってことで」
「ちょ……燐っ」
柊耶の返事を待たずして燐は歩き始める。
少しだけ……ホッとした自分がいたことも否定できず。
私は燐のされるがままだった。
「……頑張ったな、沙稀」
「……っえ」
「仕方ねーから今日はオレの奢りだ、最後まで付き合えよー?
せっかくおめかしもしたことだし?」
「でも、あたし……っ。
燐の気持ちにはまだ応えられ……」
「んなことはいーんだよ、ほら行くぞ!」
世界がいつだって万人に優しい訳ではない。
誰かにとって優しい現実が誰かにとっては辛いものになる。
でも人はそれを越えていかなくてはならない。
きっと私は今、乗り越える番。
「……燐、立ち直るまでにまだかかりそうだけど……
一歩ずつ前に歩いてみるね……」
「おう」
叶わない恋も大切なんだと知るその時まで…────────
【END】