一方その頃。凜太郎はというと、一旦帰宅して着替えてから研究所へと向かっていた。
その目的は照子を自分の高校に監視役として差し向けた、その理由を所長である丸田 晋助の口から直接聞くためであった。
無論、凜太郎はだいたいのことを照子から既すでに聞いていた。その上で敢あえてまた晋助に同じことを聞くのは確認の意味もあったが、改めて晋助に直接納得のいく説明をしてほしい、という思いもあった。
自然と足も早足になっていた。逸はやる気持ちを抑おさえつつ、凜太郎は真っ直すぐ研究所へと向かった。



しばらくして、ようやく研究所が隠されてある晋助の家が見えてきた。改めて見ると、やはりこんな平屋の古い木造住宅に特撮映画に出てくるような、あんな近未来的な研究所が隠されているとは到底とうてい思えない。
凜太郎は深呼吸を一つして、一拍いっぱく置いてから玄関の戸を開けた。やはり中には誰もいない。恐らく研究所にいるのだろう。凜太郎は隠し階段のあるリビングの机の前まで歩を進めた。
「あぁ、そうか。めんどくさいなぁ……」
合言葉を言わないと隠し階段が現あらわれないことを凜太郎は思い出した。合言葉に関しては強く印象に残っていたこともあり、鮮明せんめいに憶おぼえていた。あんな変な合言葉、忘れられるはずがない。"忘れろ"と言われても無理だろう。凜太郎は恥はずかしがりながらも合言葉を唱となえ始めた。
「ぷりけつぷりけつぷ~りぷり!」
機械音と共に下へと続く階段が現れ始める。凜太郎は顔から火が出るほど恥ずかしく感じていた。不幸中の幸いなのは周りに誰もいない、ということだ。

――こんなこと言ってるのが由美や武史にでも聞かれたらなにを言われるか分かったもんじゃないな

凜太郎は階段を下りながら冷静れいせいにそんなことを思っていた。



 階段を下りた先の研究所には晋助と千葉 敏也、目黒 万次郎、それに照子もいた。照子は着替えに一度戻ったのか、制服ではなかった。敏也、万次郎、照子の三人はモニターの前の機械を忙せわしなく操作そうさしている。晋助は研究所中央にある長方形型のテーブルにある椅子いすに腰掛こしかけ、難しい顔をしながら書類の山と睨にらめっこをしている。そこに近づいていく凜太郎。
「おぉ、凜太郎くんか。どうした?」
「"おぉ、凜太郎くんか。どうした?"じゃないですよ!なんで俺の高校に照子さんが来るんですか!!心臓が飛び出るかと思ったくらいビビりましたよ!!それに、なにストーカーみたいなことしてるんですか!!普通に怖いですよ!!警察に助けを求めるレベルですよ!!」
畳たたみかけるように晋助に疑問ぎもんと感情をぶつける凜太郎。
「まぁまぁ落ち着け凜太郎くん。どうじゃ?茶でも飲むか?」
「飲みません!!」
「そうか。静岡県産の美味しいお茶なんじゃがのう」
一人、お茶をすする晋助。
「呑気のんきに茶なんか飲んでないで質問に答えてください!!」
「事情は照子から既に聞いておるはずじゃ。それ以上ワシから言えることはなにもない。もし不服に思うのならヒーローを辞やめることじゃ。おぬしには選択の自由がある。止めはせんよ。我々はおぬしの研究所や我々に関する記憶と、おぬしの学校の者の照子に関する記憶を消去しょうきょして、次の候補者を探すだけの話じゃ。それと、仮に今ヒーローを辞めても前回の怪人を倒した報酬ほうしゅうはちゃんと払はらうから安心せい」
「別に俺は辞めたいと言ってるわけじゃありません。ヒーローになることは子供の頃ころからの夢でしたし、正直怖いけど続けたいと思ってます。ただ、所長の口から直接納得のいく説明をしてほしいだけです。明あきらかにこれは法律に違反いはんしてます!」
「照子から聞いたとは思うが、警察に言っても無駄むだじゃぞ。ワシらの力を軽く見んことじゃ。下手な行動はおぬし自身の寿命じゅみょうを縮ちぢめることになろう」
そう言うと、晋助はまたお茶をすすった。
「別におぬしを信用してないわけじゃない。念には念を入れて監視しておるだけじゃ。おぬしが絶対に喋らない、という保証はどこにもないからのう」
「それはそうかもしれませんが……」
「まぁ監視役に関しては別に敏也でもよかったんじゃがのう。照子の奴がどうしても――」
晋助の言葉を遮るように、半ば強引に照子が会話に入ってくる。
「あぁー!!そーだ!!所長!!肩!肩凝こってませんか?」
不自然に声が大きい。額に冷や汗をかき、明らかに動揺している照子。
「い、いや。別に凝っておらんが……」
「そんなこと言わずにー!この私が揉んであげるって言ってるんですから!」
渾身こんしんの力を込めて晋助の肩を揉もむ照子。その目はまったく笑ってない。
「痛い痛い痛い!!もういい!やめろ!!肩が!肩が折おれる!!」
激しい痛みに身を悶もだえる晋助。照子が晋助の肩から手を放す気配はない。





 とその時、研究所内にけたたましい警報音けいほうおんが鳴り響いた。怪人出現を知らせる警報だ。すぐさま持ち場に戻もどる照子。敏也と万次郎は既に自身の持ち場へとついている。その少し後ろで左手で右肩を押さえながら立っている晋助。
「アイタタタ……。照子のやつ、思いっきりやりおってからに……。で、状況は!?」
「怪人、渋谷センター街付近に出現!!モニターに出ます!!」
照子がモニターに怪人の姿を映し出す。全員の視線がモニターに集中する。そこには体操服にブルマ姿で無邪気むじゃきに暴あばれる巨大な女怪人が映し出されていた。顔は幼おさないが体型はムッチリしている。お尻がかなりデカい。胸は前回の怪人ボインほど大きくはないがそれでも大きい方だ。体操服から胸の膨ふくらみが一目で分かる。体長は32mといったところだろうか。
「ブルマキター!!」
「うおぉぉー!!あの尻で潰つぶされてぇー!!」
「こ、これは……!」
怪人のブルマ姿に一気にテンションが上がる晋助、敏也、万次郎の三人。それを冷ひややかな目で見つめる照子。完全に引いている。
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!!早く……早くなんとかしないと!!」
照子の言葉で我に返る三人。
「そ、そうじゃったな。"ブルマキター!!"とか叫さけんでおる場合じゃなかったわい。凜太郎くん、悪いが早速現場に向かってくれるか?」
「……分かりました。このまま怪人に好き勝手させるわけにはいきませんしね」
「今この国を……いや、この星を救えるのは君しかおらん!頼んだぞ!!」
「はい!頑張ります!!」
「私たちも全力でフォローするから!」
「死ぬなよ!必ず生きて帰ってこい!!そして、俺にあの尻の感想を必ず聞かせろ!いいな!?」
「尻に関してはお約束できませんが……分かりました。皆さん、フォローよろしくお願いします!」
「まぁ死なれても目覚めが悪いからな。それに、貴様みたなクソガキでもいないよりはマシだ」
「万次郎。もっと優しい言葉かけられないの!?」
「前にも言ったが、俺はチビと小便臭いクソガキは嫌いでね」
横目でチラッと敏也を見る万次郎。敏也がそれに気づき、万次郎に近づいていく。
「てめぇ……それは俺のこと言ってんのか?」
めんどくさそうに溜め息をつくと眼鏡めがねをクイっと上げ、立ち上がる万次郎。敏也に向かっていく。
「そう思うということは自覚じかくはあるようだな」
「あぁん?喧嘩けんか売ってんのかてめぇ!!」
万次郎の胸倉むなぐらを掴つかみ、今にも殴なぐりかからんとする敏也。
「いい加減にしなさいよ!あんた達!!さっさと持ち場に戻りなさい!!」
照子に注意され、渋々しぶしぶそれぞれの持ち場へと戻っていく敏也と万次郎。
「照子!転送装置はどうじゃ?」
「はい!いつでもいけます!!」
「うむ。凜太郎くんも準備はできておるか?」
「変身装置、装着完了しました!準備できてます!!」
「相手の怪人は尻がデカいことから察するに、恐らく君と同じタイプじゃ」
「と、いいますと?」
「尻が武器、ということじゃ。前回の怪人ボインも自慢じまんの胸を武器に攻撃してきた。今回の怪人も自身の肉体を駆使くしした攻撃をしてくる可能性が非常に高い。それと前回も言ったが、ぷりけつビームは一度撃うてば再度撃てるようになるまでに15分は時間を要する。そのことを忘れるでないぞ。撃つタイミングをよく見計みはからうのじゃ」
「分かりました」
「くれぐれも気を付けるのじゃぞ」
「はい。では行ってきます!」
転送装置のある部屋に急いで向かう凜太郎。その背中を見守る晋助。
「頼んだぞ、凜太郎くん!それにしても、ブルマのデカケツいいのう。ワシもあんな尻で窒息させられたいのう」
「まったくだぜ」
「同感だ」
晋助の言葉に賛同さんどうする敏也と万次郎。
「男ってみんなこうなのかしら。ほんと、バカばっかりなんだから」
完全に呆あきれ果てている照子。それに対して三人は返す言葉もない。モニターには尚なおも暴れ続ける怪人の姿が映し出されていた。