「車に気を付けるんだよ」
品川 凜太郎りんたろうを送り出す母・品川 恵美子えみこ。凜太郎の足取りは重い。
それもそのはず。この間のお台場での怪人出現、その怪人を倒した、変なコスチュームを着た謎のヒーロー。
このことは大々的にマスメディアでも連日れんじつ取り上げられていた。学校で話題になっていないはずがない。正直学校へは行きたくなかった。
今朝も「気持ち悪いから休ませてくれ」と恵美子に直談判じかだんぱんしたばかりだ。しかし、その凜太郎の訴うったえは"熱がない"という理由で一蹴いっしゅうされた。そして現在に至る。
「行きたくないなぁ」
思わず口から本音が溜ため息と共に漏もれる。否いなが応おうにも学校は確実に近づいてくる。後ろ姿に哀愁あいしゅうすら漂ただよっている。





「着いてしまった……」
学校の校門の前で立ち尽くす凜太郎。覚悟を決め、校内へと入っていく。
教室の扉の前で立ち止まり、深呼吸をしてから目の前の扉を開ける凜太郎。
「おはよー」
なるべくいつもと変わらないように徹てっする。いつ"あの話題"を振られるか不安を感じながら。
「おい、凜太郎。ニュース見たか?」
声をかけてきたのは同じクラスで友人の杉本 武史だ。
「ニュース?何かあったのか?」
白々しらじらしく答える凜太郎。
「お前、テレビ見てないのか!?お台場えらいことになってんだぞ!」
「いや、ずっと俺ゲームしてたからさ。なんか事件でもあったのか?」
本当は誰よりも知っているが、本当のことなど言えるはずもなかった。
「事件なんてレベルじゃねぇよ!!超デカい女の怪人が現れて、それを倒すヒーローまで現れて、なんかもうとにかく色々大変なことになってんだぞ!!」
「ちょっとは落ち着けよ武史。この世に怪人なんているわけないだろ。特撮映画の見過ぎだよ」
「お前にだけは言われたくねぇよ。お前こそ特撮映画見過ぎだろ。でさ、そのヒーローってのがめちゃくちゃ変わった奴らしいんだよ」
もっとも触れてほしくない話題へと移行していく。凜太郎の額に冷や汗が滲にじむ
「へ、へぇ~。どんなヒーローなんだよ」
なんとか平常心を保たもっている凜太郎。
「それがさぁ、思い出しただけでも笑えるんだけど……。桃色のコスチュームに頭の部分だけが尻の形してんの。でさ、尻が丸出しなんだぜ!」
「なんだよそれ。ただの変態じゃん」
自分で言ってて悲しい気持ちになる凜太郎。ぐっと気持ちを抑え込む。
「だよな!変態以外の何者でもねぇよ。そういえばあのヒーロー、ちょっとお前に似てたな」
思わず動揺どうようして咳せき込んでしまう凜太郎。冷や汗が止まらない。
「おいおい大丈夫かよ。風邪か?」
「あ、あぁ。ちょっとな」
「ていうか、すげぇ汗じゃん!保健室行った方がいいんじゃね?」
「いや、大丈夫だよ。ありがとう」
そこに教室の扉を開け、担任の佐々木 幸一が入ってくる。
「はーい、みんな席に着けー」
教室にいる生徒が自分の席へとつく。
「ホームルームを始める前にみんなに転校生を紹介する。さぁ、入ってきなさい」
佐々木が扉の向こうにいるであろう転校生を呼び出す。

――こんな時期に転校生?どんな子だろう

そんなことをなんとなく思っている凜太郎の前に意外な人物が姿を現した。
「それじゃあ辻さん、みんなに自己紹介しようか」
「はい。辻 照子です。趣味は機械いじりと特撮映画を観ることです。よろしくお願いします」
それは紛まぎれもなく、"あの"辻 照子だった。
「えぇー!!!!」
突然立ち上がり、大声を出して驚おどろく凜太郎。
「おい、どうした品川。大声なんか出して」
教室内の生徒の視線が凜太郎に集まる。
「い、いえ。なんでも、ありません。すみません……」

――えっ?なんで!?なんで辻さんが俺の高校に!?ていうか、同い年だったの!?
明らかに動揺を隠しきれていない凜太郎。額にまた変な汗が滲み出てくる。
「じゃあ、辻さんは品川の隣となりの席に座ってもらおうかな。品川良かったな、可愛い女の子が横に来て」
生徒の笑い声がどっと沸く。凜太郎は必死に苦笑いを浮かべている。

――全然良くないよ!!気になって授業どころじゃなくなるよ!!
「よろしくね。品川くん」
「よ、よろしく……」
ごくごく自然に接する照子とは違い、明らかに挨拶がぎこちない凜太郎。顔が引きつっている。
「なんだよ凜太郎。辻さんが可愛すぎて緊張してんのか?」
後ろの席の武史が凜太郎をからかう。すると、また生徒の笑い声がどっと沸いた。照子も一緒になって笑っている。

――人の気も知らないでこいつは……!




 その日の昼休みの時間。昼御飯を食べ終わると、凜太郎は屋上に照子を呼び出した。周りに覚さとられないように注意を払いながら。
「説明してもらいましょうか。なんで照子さんが俺の学校に来てるんですか!?」
「所長にあんたを監視するように言われたのよ」
「所長が!?なぜですか!?」
「あんたが機密情報を周りにうっかり喋しゃべらないか見張るために決まってるじゃない。それ以外になにがあるのよ」
「でも、どうして敏也としやさんや万次郎さんじゃなく、照子さんが?」
「敏也は見た目がアレでしょ?ギリギリ中学生には見えても高校生ってのはちょっと無理があるじゃない?万次郎は"小便臭いクソガキと机を並べるだなんてゴメンだね"とか言っちゃってさ。で、私が"仕方なく"監視役を買って出たってわけ。べ、別にもう一度制服を着てみたかったとか、あんたと一緒に勉強してみたかったとか、そういうんじゃないんだからね!勘違いしないでよね!!」
「照子さんって俺と同い年じゃないんですか?」
「こう見えて23よ」
改めて、まじまじと照子の制服姿を見る凜太郎。
「な、なによ!なんか文句でもあんの!?」
「……ないです」
恥はずかしそうに、少し顔を赤らめる照子。
「それにしても、よくその歳で入学できましたね。しかも、こんな短期間で」
「あんた、さらっと失礼なこと言うわね。まぁいいわ。私が入学、というか、潜入できたのは学校側に根回ししたからよ。私たちが本気になればそれくらいどうってことないわ。それに、所長は前々からあんたには目を付けてたらしいのよ。あの日、あんたが初めて所長と会った日。あれも偶然なんかじゃない。事前にあんたの通ってる学校や、帰宅順路も調べ上げた上で偶然を装よそおっただけの話なのよ。もちろんあんたの住所も私たちは把握はあくしてるわ」
「それじゃあまるでストーカーじゃないですか!!よく今まで警察に捕つかまりませんでしたね」
「私たちの力を見くびってもらっちゃ困るわね。警察にも根回ししてるに決まってるじゃない。それぐらいの力が私たちにはあるってことよ。特に所長はああ見えて凄すごい人なのよ。全然そうは見えないけどね。だからあんたも余計なことは喋らない方が身のためよ。長生きしたいでしょ?後、家の中だからって油断ゆだんしないことね。家の中だから喋ってもバレないって保証はどこにもないんだから。SNSに書きこむなんて論外ろんがいよ」
その時、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響ひびいた。
「少し喋り過ぎたみたいね。それじゃあ、教室に戻りましょ。一緒に戻ると怪あやしまれるから、あんたは少し時間を置いてから戻るようにして。そうそう。分かってるとは思うけど、学校ではあくまでも"同級生"として接してね。私もそうするから。じゃあ、後で教室で会いましょ」
凜太郎はこの時、改めて自分が関かかわったことに対する重大さを思い知らされたのだった。
見上げると、いつものように眩まぶし過ぎる太陽の光が降ふり注そそぎ、そこにはいつもとなんら変わらない青空がどこまでも広がっていた。