第四話 有島組

「組長!!」

翌朝、彩七が起きる前に家へと帰宅した零

仲間達が口々に彼を出迎えた

「心配したんすから!!…昨日、みんなで探したんすけどどこにも居なくて…」

「でも安心してください!
あの辺で騒いでた連中は残らず片付けてきましたんで!!」

「…あぁ、分かった」

仲間達をその場に残し、自室へと戻った

「…あら、零くんじゃない」

自室に戻ると、花魁のような真紅の着物を着た黒髪の女がいた

「…なぜ俺の部屋にお前がいる」

「んふふ…可愛い零くんの帰りを待っていたの」

そう言って零の頬に触れようと手を伸ばすー

が、

彼の手が早く、彼女の手を振り払った

「…っ、」

「今はお前に構っている暇は無い

去れ」

「…ふん、連れない男ね」

女はそのまま、パタパタと廊下を駆けて行った

「…ふう」

うわ…煙草くさ……

「あいつ、また俺の部屋で吸いやがったな…」

煙草を吸わない零

堪らず部屋の窓や障子を全開にする

「…っ、!」

部屋に戻れなくなった零はしばらく、縁側に座って空を見ていた


零の家は代々組を取り仕切る家系で

古風なこの家は、祖父から受け継いだものらしい

一代目だった祖父が病に倒れ、当然父がそれを継ぐものと思っていたが…

「今どきそんな事をして、子供たちを危険な目に合わせでもしたらどうするんだ!!」

祖父をそう一喝し、海外を飛び回る父はあとを継がなかった

「…兄貴たちも、みんないなくなった……」

一番上の兄は大手企業に入社してエリート人生を歩んでいるし

二番目の兄は足を洗って大工を始めたらしい

「…あいつは、みんなをまとめるってタイプじゃねーよな」

二番目の兄は祖父の組に入っていたものの…

人の上に立つ人間では無かったと言うべきだろうか

素質はあるが、彼はすぐに辞めた

「そして残り物は俺、ってことか…」

特にやることも見つからなかった零

流れのまま、祖父の組を受け継いだ

「…」

昔のことを思い出しながら、ふと昨晩の事を思い出す

「…彩七、って言ったかあの女……」

今までにあんなヤツ、見たことがない

大体自分の素性を晒せば女は泣いて逃げて行く

こんな将来性のないやつに、魅力なんて感じないのが普通だろう

だがどうだろう

昨日初めて出会ったばかりだというのに見事にウマの合うあの女

俺の素性を明かしても逃げなかった

それどころか、かっこいいとまで言い出す始末

「…退屈しなさそうだな」

クスッと小さく笑う零

「…」

しかしすぐに、寂しげな表情に戻る

「…俺とあいつじゃ、住んでる世界が違いすぎる、よな」

一般的に考えれば、あいつの周りが俺を受け入れるわけがない

もちろん、知らないけどあいつの親だって…

「…忘れねえとな」

そう自分に言い聞かせ、そのままごろんと横になった


「あれー?…昨日この辺りに居たのに…」

その頃彩七は、零を探しに昨日出会った場所まで来ていた

「うーん…たまたまこの辺りにいただけだったとか?」

それなら他をあたるしかないか…

踵を返そうとした彩七の肩を、誰かが掴んだ

「…?」

驚いて彩七が振り返ると…

「お前、この辺で見ない顔だな?」

見るからにヤンキーっぽい男が二人、彩七を見下ろしていた

「え…えと……」

「お姉さんいま一人?良かったらこれからー…」

サングラスをかけた男が彩七に触れようとした瞬間


ーバキッッ!!!!


「…っ、!!」

突然男が倒れ、その向こうに知った顔が見えた

「れ、零さん?!」

「く、組長?!!」

もう一人の男が青ざめて零を見る

「…てめぇら、朝から何してんだ」

低く重い声が、二人の男を震わせた

「…そいつ、俺の知り合い」

「そ、そそそそうだったんですか?!」

「…手ぇ出してみろ、ただじゃおかねえからか」

零の睨みに恐れをなし、二人はもつれる足で必死にその場を去った

「…なに、お前何しに来たの」

「えっと…零さんを探しに!」

「…俺?」

「はいっ!!」

意外な言葉に満更でもない零

彩七は持っていたかごバッグから、小さな紙袋を取り出した

「昨日、あんなに怪我されてたのに起きたらいなくなってて。

若干熱もあるようだったので…普通のご飯とか、まだ食べられないですよね?」

「…!」

こいつ、微熱あったの気付いてたのか…?

「お料理は得意分野なんです!

…と言ってもゼリーだからそんな大したこと無いんですけど…良かったら食べてください」

差し出された小さな紙袋を開けると…

「…これ、お前が作ったの」

目を見開く零

袋の中には、星型にくり抜かれた色とりどりのフルーツが散りばめられたゼリーが四つ入っていた

「固形のものよりゼリーとかの方が食べやすいかなと!」

「……」

「あ…もしかして苦手なものとか、ありました?」

不安げな表情を浮かべる彩七

「あ、いや…その……」

優しくされ慣れていない零は、どう反応していいのか分からなかった

「…とりあえず、ありがとう」

「!」

照れた顔を手で隠しながら言う彼が可愛くて

「またいつでも家に来てください!
腕によりをかけて美味しいご飯作って待ってるんで!」

そう言って、彩七は元来た家路を帰った

「…」

関わらないようにって、思っていたのに

やっぱりどうしても会いたくなって外に出てみれば…

「…あいつ、一人じゃ絶対また何かやらかすよな」

先行きが不安な彩七を心配する零

「…俺らしくないな、他人の心配とか」

情が移ったかな…

キャラでもない事を考えつつ、零も来た道を戻った


「…ねぇ、零くん?あの女はだあれ?」

家に帰ると、広間に昨日の花魁女がいた

「…何の話だ」

「あら、私とあなたの仲じゃない

…なに、彼女でも出来たの?」

女の言葉に周りがざわつく

「え、組長に女が…?!」

「まさか!他人に対して一切興味ない組長が…」


「…静かにおし!!」

周りのざわめきは、女の声に静まり返った

「…それで?あの子は零くんの何なの?」

「…助けてもらった、それだけだ」

「「「く、組長の恩人?!」」」

二人の話をそばで聞いていた組員たちが口々に言う

「それ、どんな人なんすか!」

「ぜひお会いしたいです!!」

「きっとすげー強い人なんすよね?!」

女の言葉は逆効果だったらしい

零は仰け反り頭を抱え、しばらく黙り込んだ

「…私だけには、教えてくれるわよね?」

女が零の耳元で囁く

「…失せろ。この女狐」

「まあ!!…相変わらず冷たい男ね」

機嫌を悪くした女は昨日以上に音を立てながら部屋を去った


「…疲れる」

零の家に頻繁に出入りするあの花魁女は榊春奈(さかき はるな)。

零の幼馴染みであり同級生

そして、組の幹部をも務める実力者である

しかし零への愛が強すぎるせいか、群を抜いて零への執着心が強かった

「…おいお前ら、そろそろ仕事に戻れ」

零の機嫌の悪そうな声に気づき、何も言わず彼らは仕事に戻った

「……はぁ」

こんな時、あいつならどうするだろう

あの笑顔で、笑って乗り切るのだろうか

「…そういえば……」

俺は、あいつの事を何も知らない

自分の事はほいほい話したくせに、あいつの事は何一つ知らない

「…まあ、本人が話したくなれば話すか」

余計な散策が嫌いな零

いずれの時期に任せるのが彼流だった



「…貴様ら、彩七一人探すのに一体何日かかっているのだ!!」

痺れを切らした亜門が使用人たちを一喝した

「全くこの大事な時期に…!
彩七も彩七だ!見つかったらただじゃおかないからな…!!」

憤怒の色を露わにするのには、ある理由があった


亜門は財閥の時期頭首であると共に、いくつもの学校を経営していた

そのため経営する学校を度々巡っては講演会を開き、生徒や教員との交流をはかった

その中で、亜門はどうしても欲しい人脈を見つけた

それを現・頭首である父親が用意したお見合い写真の中に紛れさせ、彩七に引かせようとしていたのだ

「これでは計画が台無しになってしまう…!
一刻も早く、あいつを連れ戻さねば…」

「…ねーえ、兄上様?」

明香沙がスッと出てくる

「…あの子もしかして、この街から出てるんじゃない?」

「…なんだと?」

亜門の表情が微かに歪む

「確証は無いけど…無いとも言いきれないじゃない?」

明香沙はいくつか何かの資料を持っていた

「…条件を呑むなら、少しは協力してあげてもいいわよ?兄上様♡」

「…っ、!!」

ギリッ…と悔しげな顔をする亜門

…亜門は、兄妹の中でも明香沙が一番不愉快だった

由里子は見た目派手で口も達者だが一喝すればすんと大人しくなる

凛翔や有翔も同様に

だが明香沙はどうだろう?

この女だけは、どんなに亜門や両親が怒っても動じない

むしろ、それを楽しんでいるようにさえ思える余裕の笑顔を浮かべる始末

“金と地位さえあれば、女は輝けるの”

それが彼女のモットーだった


「…条件の内容次第だ」

「あら、今回は随分と聞き分けが良いのね!

…兄上の経営する学校を一つ、譲ってくれないかしら?」

「…なんだと?」

眉を大きく歪ませる亜門

「あぁ、単なる実験に使いたいだけだから!心配しないで。

多分死者も出ないはずだし!」

あははっと笑い飛ばす

「…何を考えている、明香沙

そんな事をしてみろ、俺だけじゃなく父上や母上にまで迷惑がかかるだろう!」

「…なら、今回の件は無かったことにしても?」

明香沙がひらひらと裏返した資料を亜門の目の前にちらつかせる

「…っ、…!!!!」

ついに抑えきれなくなった亜門は明香沙を肩に担ぎ、廊下の一番奥の部屋へと走った

「えっ…ちょ、なになに?!」

あまりに突然の出来事で頭がついていかない明香沙

「あにう…亜門兄さん!ちょっと!降ろしてよ!!」

亜門の上で暴れ出す明香沙

目的の部屋の扉を勢いよく開き、亜門は中央に置かれていたベッドに明香沙を放り投げた

「…まさか…にいさ……!!」

サーッと青ざめた明香沙

「…お前の素行は我が財閥を汚しかねない…しばらく罰を与える必要があるようだな!!」

亜門が指を鳴らすと、ドアの前に数名の男たちが現れた

「ちょ…待ってよ!私、人妻なのよ?!子供だってー」

「問答無用」

彼が再びパチン!と指を鳴らす

瞬間、ドアの前に待機していた数名の男たちが一斉に明香沙に群がった

「…資料はありがたく受け取っておくよ

感謝する、“可愛い妹”よ」

「このっ……人でなし!!!!」

明香沙の涙の叫び声は、亜門が閉めた扉の奥に消えていった


「…で、結局あいつが持っていた資料は……」

自室に戻った亜門は明香沙の資料に目を落とす

「…彩七が行方不明になる前日のものか」

明香沙が持っていた資料

それは、彩七の誕生日パーティーでの記録だった

「…分かってはいたが、やはりあいつはあてにならんな」

大した情報は無く、亜門はその場に資料を破り捨てた

「…彩七、お前は今どこにいるんだ……」

市街の夜景を一望出来る彼の部屋は

不穏な空気に包まれていた