第三話 鳥かごの中から

「…やっぱり、来てくれたんだな」

紙切れの裏に書かれていたルートを辿って向かった先は、家から少し離れたはなれだった

「有翔兄様…私、悪い子かしら?」

おどけて言う彩七に小さく笑いかける有翔

「お前が悪い子なら、それに加担する俺も悪い子だ」

「ふふっ、同じね」

彩七はそばに付けていた車に乗り込み、窓を開ける

「…私、絶対に自分だけの幸せを見つけてくるわ!」

「…何かあったらすぐ呼ぶんだぞ」

「うん!」

運転手は有翔の古い友人らしく、ひとしきり話し終えた後、早々と車を静かに発進させた

「…頑張れよ、彩七」

遠くなる車を見つめ、有翔は呟いた


「…さ、着いたよ」

数時間後

彩七を乗せた車は空港に着いた

「ここからはこの便でここへ向かうんだ」

運転手から差し出された紙には事細かに目的地までの事が書かれていた

「ふふっ、有翔兄ってば本当に几帳面なのね」

心配性な兄は彩七が困らないよう、事前の下調べをしっかりしていた

「…それじゃ、お気をつけて」

「あ、ありがとうございました!」

ひらひらと車から手を振る彼を見送り、早速飛行機へと乗った

「…うわぁ」

初めてエコノミークラスに搭乗した彩七

人の多さに、目がくらみそうだった

「待ち時間は長いし人多いし…
初めてだらけだわ」

改めて、自分は世間知らずだと思い知らされる

『ー間も無く着陸しますー』

機内アナウンスが流れ、目的地への到着を告げる

「…いよいよだわ」

目的地へと降り立った彩七はまず、タクシーを探した

「ええと…タクシーって確か…」

出来るだけ慌てないよう冷静に、スマホを取り出す

「…あ、あれだわ!」

少し前の方に停車しているタクシーを発見し、乗り込む

「ええと…ここへお願いします」

初めてのタクシーは、とても緊張した


数十分後、有翔に指定された場所へと着いた彩七

「わぁ…ここが私の新しいお家…!」

目の前には、タワーマンションがそびえ立っていた

周りを少し見渡すと、同じようなマンションがたくさん…

「…迷わないようにしなくちゃ」

早速中へと入ってエレベーターに乗り、三十階あるうちの二十一階のボタンを押す

~♪

目的の階につき、部屋番号を確認して鍵を開ける

「…わあぁ!」

家具などは全て有翔が揃えてくれたのだろう

白で統一されたシンプルな部屋だったが、彩七はそれがとても気に入った

「…よし、頑張らなくちゃ!」

と、意気込んだものの…

初めての一人長旅で疲れが溜まった彩七

そのままベッドルームへと移動し、その日は眠ってしまった


翌日

彩七は早速、近くのスーパーへ買い物に来ていた

「…っと、お金の計算はこれであってるよね!

お札…小銭……うん、覚えた!」

食材や日用品、財布の中身もきちんと確認し、無事に買い物を済ませた

「~♪」

呑気に鼻歌を歌いながら歩いて帰宅していると…

「…あれ、何だろう」

どこからか、荒っぽい声が聞こえた

「…気になる」

こわごわと声のする方に近付く彩七

「ーーーー!」

彩七は声を失った

そこには…

「お前、自分のしたこと分かってんの?」

「俺たちのテリトリーで好き勝手してんじゃねーぞおい!!」

見るからに関わってはいけない部類の人達が、路上で喧嘩をしていた

「…っ、!!」

足早にその場を去ろうとした彩七

方向転換した時、足元に何かが当たり…

盛大に転んでしまった

「~~っ…、!!」

痛みに悶えながらそれを確認しようと振り向く

「ー?!」

そこには、至る所から血を流す男性がいた

「ちょっ…大丈夫ですか?!」

慌てて彩七が駆け寄る

「…っ、」

どうやら、相当重傷らしい

「えっと…あ、救急車!
待ってて、いま救急車をー」

スマホを取り出して救急車を呼ぼうとした彩七

しかし、彩七の手に別の手が触れる

「…いい、するな」

重傷の彼だった

「で、でも…!!」

「…っ、しばらくしたら…動ける」

無理に身体を起こそうとした彼を制する

「だ、だめですってば!
…っ、とりあえず、私の家来てください!」

嫌がる彼に無理やり肩を貸し、家路を急いだ


「…よし、こんな感じ?」

シャワーを浴びてすっきりした彼の手当てを済ませた彩七

「…」

彼はあれからずっと無言のままだ

「…えっと……」

確かに、無理矢理連れてきたのは…まずかった?

今更ながらに申し訳なさを感じる彩七

何か言わないとと言いかけた彩七より、彼の方が先に口を開いた

「…悪かったな」

「…へ?」

「…お前、この辺のやつじゃないだろ」

ードキッ

射抜くような彼の視線に、不覚にもドキッとした

「あーえっと…昨日引っ越してきたばかりで!

…私は彩七。あなたは?」

「…零」

零(れい)と名乗った彼は私より六つ年上の二十六歳だそうで

「…この辺仕切ってる組の、二代目だ」

だからもう、俺に関わるな

そう言った彼に、不思議そうな顔をする彩七

「…組ってなに?」

きょとんとした顔の彩七に思わず拍子抜けする零

「……は?」

「組って何の組?会議とかそういうの?…は!ってことは零さん、お偉いさん?!」

きらきらとした目で見つめる彼女があまりにもおかしくて…

零は大笑い

「えっ…えっ?」

わけがわからない彩七

「おまっ…おもしれーやつだな!」

ートクン

彼の無邪気な笑顔に、彩七の胸が高鳴る

「…どうせ私は世間知らずよ」

彩七は何だか悔しくて、ぶすっと拗ねる

「…ちゃんとした説明しなくて悪かった

ヤクザ、って言えば少しは分かってもらえる?」

「なっ…!!」

ようやく理解した彩七

「分かったらもう俺とは…」

再び言いかけた零に、思いがけない言葉が飛ぶ

「ほ…本物、初めて見た!!!!」

「……ん?」

零の掛けていた黒縁の眼鏡がずるっとずれる

「話では聞いたことあるの!
でも本物は初めて見たわ!…話に聞くような悪い感じは無いけど…」

ジロジロと零の周りを歩きながら見つめる

「…じゃあ、これでどう?」

その場にドサッと彩七に覆いかぶさる零

「…悪いヤツっていうか…男を家にあげるって、あんた分かってんの?」

「…い……」

「ん?」

「か…かっこいい…!!」

「……」

零の下できらきらと目を輝かせる彩七

「漫画で見たことあるわ、このシチュエーション!!
何だったかしら…あ、そう!“床ドン”ってやつね?!」

零は一気に力が抜け、静かに彩七から離れた

「…お前、ほんと変わってるな」

「そうかしら?」

すっかり呆れた零は手当ての時寝かされていたソファへと横になる

「…お前、俺が怖くないの」

黒いTシャツにデニムのスキニー

オールバックにした黒髪の隙間からは、シルバーのピアスがいくつも光っていて…

眉毛は全剃りしているし、とても人が寄りつくようなタイプではない彼

「お前、俺見て危ないヤツとか思わなかったの」

「んー…咄嗟の事だったしあの時は何とも思わなかったけど…

確かに万人受けする顔じゃないわね」

ズバッと言い切った彩七

そんな人、今までに零も会ったことがなく…

この日、彩七の部屋には楽しい笑い声が響いていた



ー…同時刻

「…本当に、何も知らないんだな?」

「し…しら…しらな……!」

ガクガクと怯える由里子

目の前には、血相を変えた父親の姿があった

「…彩七を探せ!家の隅々まで徹底的にだ!」

彼の一声で、家の使用人たち総動員での彩七の捜索が始まった

「…全く、父様たちもよくやるよなぁ

彩七一人いなくなったくらいで、由里子姉さんや明香沙もいるっていうのに…」

呆れ顔で上のラウンジから見下ろす凛翔

その隣で、有翔は無言で使用人たちを眺めていた

「凛翔。
彩七も大事な俺たちの“家族”…

そうだろう?」

スッと横に来て、にっこりと笑いかける亜門

「…思ってもないくせに。よく言うよ」

けっ、と亜門から顔を逸らす凛翔

「…動機は分かっているわ。
昨日の見合い写真の件でしょう?」

奥の部屋から明香沙が出てくる

「よっぽど気に入った子がいなかったのね~…

あの子、そんな金や地位に強欲だったかしら?」

何枚か見合い写真を見比べながら、明香沙が言う

「…さぁ、どうだろうな」

亜門の怪しげな笑みはその場にいた兄妹しか見ることが出来なかった