第十三話 オーバーヒート

「…分かってはいたけどさ」

零は目の前の光景に唖然とする

「お前、ほんとすげーわ…」

「あはは…」

数ヶ月ぶりに我が家に帰ってきた彩七

でかでかとそびえ立つ彩七の家を見て

零はひたすら苦笑い

「く、組長…また大物に手をかけるんすね…?!」

「漫画でしか見たことねぇよこんな家…」

後ろで控えるお仲間さん達も唖然としていた

「…まあ、もう来ちまったもんは仕方ない

お前ら、気を引き締めろ」

「「「…はい!!!!」」」

数百人はいるだろうか

零の従える人間たちの多さに、彩七は驚いた

「…作戦は事前に伝えた通りだ

俺が合図したら、一気に突入しろ」

零は後ろで控える仲間たちにそう告げると、彩七を連れて移動した


「…お前は本当にこれでいいのか」

「へ?」

「お前が後悔しないならそれでいい

でももし、少しでも後悔すると思ったなら…直前でドタキャンしてくれても構わない」

「…

私、ずっと外の世界を知らなくて。
学校も…家庭教師の先生が来ていたから行けなくて」

周りの余計な影響を受けさせないようにと、両親が措置をとったのだ

「…でもあの日、有翔兄が私を外に出してくれて。

そのお陰で、零さんに出会えた」

零を見上げ、にっこり微笑む

「私、今が一番楽しくて…幸せなの」

「彩七…」

「…零さん、どうか私の…大事な兄姉の目を、覚まして下さい」

力強く握られたその手から、不思議と力が溢れるようだった


「…行くぞ、準備はいいか」

零の声に、各場所からOKの返答が

「三…二……」

零のカウントダウンに、皆に緊張が走る

「各総員、突入!」

零の声とともに、各所から勢いのある声が上がった

「…彩七、俺達も行くぞ」

「は、はい!!」

彩七を庇うようにして、走り出す零

準備が整った有島組が、一斉に動き出した


「…あぁ、来てくれたんですか」

亜門が自室で療養している中

現れたのは、母親だった

「…まさか、こんな事になるなんて」

辛辣な面持ちで、俯きがちにそう言った

「…凛翔、借金があるって言ってましたよね?
きっと、気の迷いから色々あったんだと思います

気は向かないかもしれませんが、どうか凛翔を許してやってください」

「あなたって子は…」

母親に、久しぶりに笑顔が戻った

「俺やみんなが凛翔を許さない限り…きっと、凛翔はここへ帰れなくなってしまいます

俺も多少言い過ぎましたが…やはり、“大切な弟”ですし」

如何せん、笑顔を絶やさない亜門

その裏で、何を考えているのか…

母親に知る由もなかった


「…っ、けほっ!何ここ、埃っぽすぎる…っ、」

零と彩七が入ったのは、家の誰も使っていない裏口

使用人たちも数年前から使わなくなっているという

「…ここ、地下室があるのか?」

「どうして分かるんですか?!」

「…この下、開きそうだなって」

零の予感は的中

零が床を少し踏むと…

バキッ

床が抜け、下へと続く階段が現れた

「何、ここ…」

「お前でも知らないのかよ」

「…はい」

「取り敢えず、何があるか分からんが…行ってみるか」

薄暗い暗闇の中、零の持っていた小さなライトを頼りに降り進んでいく二人

「…っ、れ、れいさん……」

「?…何だ、怖いのか」

「べ、別に怖いとかそういうのじゃ…!」

「…無理すんな、ほら」

小さく震える彩七の手を引く零

大きなその手が、彩七に大きな安心感を与えてくれた


「…あれ?ここ……」

最下部に着いた時、彩七は何か違和感を感じた

「私ここ…知ってる……?」

記憶の片隅で、この景色をどこかで見た

「なんだ、知ってるのか」

「でも…ここで何をしていたのか…全く覚えてなくて」

洞窟に灯すようなオレンジのランプが続く地下室

どうして自分にそんな場所の記憶があるのか…

彩七には、全く身に覚えが無かった

「オレンジの光…まるで洞窟の中にいるみた…」

ーズキッ、

言いかけた彩七の頭に、痛みが走った

「なに、これ……」

記憶の奥から、何かが浮かんでくる

『やめて!やめてよ!!兄上様!!!』

『だめ…返して!返してよぉ!!』

『もう…やめて…やめて、お願い…!!』

幼い自分が、目の前の兄に泣き叫ぶ光景がフラッシュバックした

ズキッ…ズキズキッ…

「あ…う、あ……!」

呼吸が…うまく息ができない…!

「…彩七、彩七?!」

彩七の異変に気付いた零がしゃがみ込む

「…落ち着け彩七。俺が居る」

ゆっくり、息をするんだ

零の声に、何とか落ち着こうとゆっくり息をする

「…っ…ふう…はぁ……」

「…落ち着いたか」

「……すみません」

何が何だか分からず、混乱していた彩七

「…ここで、一体何があったんだ」

零が辺りを見渡す

揺らめくオレンジ色の光は奥の方まで続いていて…

「これじゃ、まるで映画の中だな」

音もない地下では、冷たい空気が流れていた

「…立てるか、彩七」

零が手を差し伸べ、彩七を起こす

「…もう少しで、何か思い出せそうなんです

一緒に来てくれますか、零さん」

「勿論」

強く握った零の手に引かれ、彩七は奥の方へと歩みを進めた


「…あら?何だか外が騒がしいみたい……」

亜門の部屋に来ていた母親が部屋の外の音に気付く

「…子供でも来ているのでしょう

僕の教え子たちは、可愛い子ばかりですから」

亜門はにっこり笑い、読んでいた本に目を落とす

「…あなたは昔から、子供が好きね」

「…可愛いですから」

優しい声で、そう告げた


「…え?あれってもしかして……」

地下の奥の部屋へと辿り着いた二人

彩七は目の前の光景に、目を見開いた

「…っ、凛翔兄?!?!!」

牢屋のような鉄格子の向こうに、手足を鎖に繋がれた兄がいた

「…凛翔だと?こいつがか?」

零が怪訝な顔をして彼に視線を移す

「…凛翔兄、どうしてこんな所にいるの?!
なんでこんな事…」

言いかけて、彩七ははっとする

「…思い出した。これ、兄上の……」

彩七の言葉に、力なく凛翔が頷く

「…亜門兄さんの、“拷問”だ」

「…っ、それじゃあ…!!!」

彩七は凛翔がいる場所の隣の鉄格子の中を覗く

「…やっぱり」

妙に獣臭かった地下室

明らかに威嚇している、大きな虎がそこにはいた

「…明日には、俺はそいつの餌だ」

「…そんな事したら、財閥の名前に傷がつくんじゃねえの」

零が凛翔に言い放つ

「…海外に行ったとか、どうとでも言い訳は出来る

俺がいなくなったところで、宮内財閥は続くんだ」

「凛翔兄!!!!」

彩七が涙目で叫んだ

「財閥がどうとか、家がどうとか…
そんな事を言う前に一人の人間として、どうしてちゃんとみんな周りを見てあげないの!!!!」

凛翔の元に駆け寄る彩七

「…私には、お兄ちゃんが三人いて

その誰もが、欠けちゃだめなの」

「彩七…」

後ろにいた零が切なそうな顔をする

「…兄上も有翔兄も…勿論、凛翔兄も

私…誰も失いたくないの…!分かってよ……!!」

大粒の涙を零しながら、鉄格子を両手で握りしめた

「…隣の牢に入ってる子、ノアだよね」

「…あぁ」

ノア

それは幼い頃、学校に行かせてもらえなかった彩七の唯一の友達だった

生まれたばかりのノアは彩七のかけがえのない存在で、たまらなく愛おしかった

「…でも大きくなるにつれて、少しずつ気性が荒くなって……」

亜門の手によって、地下室へと閉じ込められてしまった

幼い頃の彩七が叫んでいたのは、その時の光景だった

「…私、どっちも助けるわ!

無論、家族みんなも…絶対、誰も失わずに救ってみせる!!」

彩七の瞳に、一筋の光が見えた