第十話 宮内財閥の崩壊
「何、彩七が見つかった?!」
彩七が公演を終えた翌日
いつもの如く、本家に集められた兄妹たち
凛翔から報告を受けた父親は机をダン!!と強く叩いた
「…それで?今あの子はどこに?」
母親がおずおずと切り出すと
父親は何とか感情を鎮めようと座り直す
「まあぶっちゃけ言っても良いんだけどさぁ…
俺になんかメリットくれよ。いいだろ?」
「…何が欲しい」
父親近くの机に腰をかけて見下ろす凛翔
「うちの財産、半分俺に渡せ」
「なっ…!!」
不敵な笑みで父親を見下ろす凛翔は変わらず続ける
「兄妹で山分けなんてしてみろ、いずれ喧嘩になるだろう?
…それに訳分減るだろうしさ
それなら俺が先に俺の分貰ってても、誰も文句無いだろ?」
「そんなわけー…!」
由里子は反論しようと席を立ったが、すぐに凛翔が遮った
「彩七を見つけたのは誰だっけ?」
低く、おぞましい声だった
「…っ、!!」
「彩七の縁談、結構大事だったんだろう?
それが無くなっちゃ、命綱一本失くしたのと同じこと
それの救世主は…誰だっけ?」
再び由里子に向き直った凛翔は相変わらず表情を崩さない
「あんたねぇ…!」
「ねぇ待って、凛翔」
口を挟んだのは明香沙だった
「…あんたそういえば、借金抱えてたわよね?」
明香沙の言葉に目つきが鋭くなる凛翔
「その借金を帳消しにするために、今回その話を持ちかけたの?
…やめた方がいいわよ、あんた借金癖あるんだから。
どうせまた借金する羽目になるでしょうし?」
明香沙が悪びれのない様子で凛翔に言う
「…そうなのか、凛翔」
父親も厳格な面持ちで口を開く
「…別に、借金あろうが無かろうがお前らに関係ないだろ!
第一、彩七を見つけるっていう目的は果たしたんだ!
それなりのメリットくらい、あってもいいだろう?!」
「だとしても、半分は言い過ぎだと思うかな」
亜門が営業スマイルと言わんばかりのわざとらしい笑顔で言う
「俺ならともかく…お前がか?
宮内財閥を仕切るべき俺を差し置いてお前がそんなに取ってしまったら、あとの兄妹たちの取り分が無くなってしまうじゃないか」
「…兄さん、端から半分以上は横取りするつもりだったんだな」
凛翔が亜門を睨みつける
「横取りだなんて人聞きの悪い!
…ただ、この家を継続させていくための資金だ
お前に出来ないことを、俺はする。それだけだろう?」
亜門の笑顔には、いつも何か裏がある
幼い頃からそれを分かっている凛翔は一度、父親から離れた
「…帰る」
大きな音を立て部屋を出た凛翔
「…え。
凛翔帰っちゃったら、彩七の居場所分かんないじゃん」
明香沙が目を開いて口にする
「そうよ!
…ったく、粋がるんじゃないわよ。
財閥の面汚し!」
由里子がドアに向かって舌を出す
「まあまあ。
でもようやく、彩七の居場所が掴めたんだ
次の行動に移るべきでは無いですか?…現・頭首様」
父親に目配せをした亜門は静かに席につく
「…どんな手を使ってもいい
必ず…かならず彩七を連れて帰ってこい!!」
父親の部屋中に響く声が、兄妹たちを奮い立たせた
「…って言ってもねぇ」
明香沙が由里子と庭園の中にある西洋風のパーゴラの下、ため息をつく
「まずあの子が今何処にいるのか分かんないじゃん
…心底どうでもいいけどさ」
明香沙が部屋から持って来たシャンパンを開ける
「ちょっと、昼間から飲む気?」
「だーってつまんないじゃん~」
楽観的な明香沙は既にこの話に飽きている様子
「正直彩七がいなくなって、私たちもう独立してるんだからさ
家がどうなろうと、知ったことじゃないわ」
「明香沙ってば…」
まあ、自分もそこまで家に執着無いし
あると言えば…遺産くらい
由里子も明香沙肯定したのか、しばらく晴天の青空を見上げた
「…本当、私たちって酷ね」
「なあに、急にそんな事言って」
出来上がり始めた明香沙がとろんとした瞳で見つめる
「末の妹一人のために何もしてやらないなんて、本当に兄妹なのかしら?私たち…
昔も今も、悪い方へと変わってしまったわ」
まあだからと言って、何もしないけどね
ため息混じりに呟く由里子
「…最近の姉さん、何かおかしい」
そう言って不機嫌な顔で明香沙が顔を上げる
「彩七一人いなくなれば、その分遺産の訳分増えるわけだし?
自分たちは自立して自分たちの財産があるんだもの
別にそこまで気にすることじゃないわ」
明香沙は昔から、変わらない
両親がなかなか帰ってこなかった状況も影響していたのか…
幼い頃から明香沙だけは、全く寂しがる素振りも見せなかった
それどころか
その頃から亜門の影響で英才教育を自ら所望し、誰よりも知識を身につけようと書庫に篭っていた明香沙
「あんな大人に、私はならない」
両親を指差し、堂々と宣言した幼い日の明香沙
両親のような大人にはなりたくない
あの日の明香沙はの瞳には、光が一切無かった
「私、昔から放任主義みたいなあの人たちを見てきたからさ…
いつからか、幸せになりたいって言うよりあの人たちを超えたいって思うんだよね」
「明香沙…」
「家にいた時よりも、今の方がずっと楽しいよ」
そう言って、左手に光る指輪を眺める
「政略結婚だったとはいえ、私の理想に近づいているもの
例え旦那を愛していなくても、私は目標を達成出来れば…それで十分」
「…明香沙は、彼を愛していないの?」
「…愛していないかですって?
当たり前じゃない。
政略結婚で愛を育めなんて、言う方が馬鹿よ」
当然のように言い、伸びをする明香沙
「まあ?
姉さんはそれなりに上手くいってるみたいだけど?」
由里子の膨らんだお腹に視線を落とす
「…子供なんて所詮、家の駒でしかないわ」
「そうかもしれないけど…!」
由里子の言葉を遮り告げる
「だって今までだってそうだったじゃない!!
私たち、一度でも愛された思い出がある?!
あの人たちに優しくされた思い出がある?!」
いきなり物凄い剣幕で詰め寄る明香沙
「…愛し方なんて、知らないわよ」
そう目を伏せて、静かに座り直した
「まともに愛されたことない人間が誰かを愛そうとしても…上手くなんていかない
子供の頃に必要だった分の愛は、私たちに大きく欠けているんだもの」
「…これからそれを、取り戻そうとは思わないの?」
由里子の言葉に、明香沙は首を傾げる
「…ねぇ、一つ聞きたい。
姉さんは一体誰の味方をしているの?」
「…え?」
「姉さん、中立の立場にいるようで実際何処にいるのかわからない
…この間だってそう
間違っている生き方をしてきたのは、兄妹みんな分かってる
だけどそれを今更取り戻そうですって?」
明香沙の目つきが鋭くなる
「姉さん、頭でも打ったんじゃないの」
「明香沙!」
由里子が席を立つが足を組み直す明香沙が続ける
「…私、この家から離れるわ」
「…何、言って……」
「もう、沢山。
こんな面倒事に巻き込まれるくらいなら、遺産もいらないわ
今の旦那の事業も波に乗ってるし、これから更に上がっていく…
こんな家に未練も何も無い私一人離れても、何の支障も無いはずよ」
「だけど…!」
「あぁ、家同士の繋がりを気にしているの?
形だけなら表面上、繋がっている体でもいいわ
…ただし、」
「…」
「私はもう二度と、ここへは戻ってこないわ」
「…っ、!!」
明香沙は本気だった
「本当に、もううんざりなの。
大した人生送ってこれなかったっていう後悔は…兄妹みーんな、一緒
それなら新しい場所で自分なりに高みを目指すっていうのも悪くないと思うわ」
「…っ、みか…」
「姉さんには悪いけど、私決めた
お父様たちとの決着がつき次第、私は家から離れるわ」
そう言い残し、明香沙は去っていった
「……」
相変わらず、自分中心の明香沙
幼い頃から書庫に篭っていた明香沙は彩七の存在にもほとんど興味が無く、いつも一人でいた
「…本当、どこで間違えたのかしら」
由里子の呟きは青空へと吸い込まれた
「…ったく、本当に面倒だな!」
部屋に帰った凛翔はドン!!と壁を蹴りつける
「…壁が壊れる」
有翔が静かに告げる
「俺いまめちゃくちゃ機嫌悪いからな?!
…彩七のやつ、絶対許さねえ」
怒りをあらわにする凛翔は興奮冷めやらぬ様子
「…凛翔はこれからどうするんだ」
「俺?…そうだなぁ、取り敢えずさっきの条件をのんでもらえるように、もう少し粘るよ」
「…彩七の方は、どうする」
「彩七?
…あの男もろとも消してやりたい気持ちは山々なんだがなぁ
しかと面倒な連中と絡んでるみたいだし」
呆れた様子で春奈から受け取っていた資料に目を落とす
「…あいつ、あんな素行悪そうなやつといて大丈夫なのか?
昔からそんな目立つようなやつじゃなかったろ、彩七」
「…何方かと言えば、大人しい」
「だよな?
…あいつと一緒にいたあの男、あの辺一帯を仕切ってる組の組長らしいし」
「く、組長?!」
有翔も聞き捨てにならない言葉に目を見開く
「あぁ。…彩七が今隠れてる辺り一帯を仕切ってるのは確か…有島組だったか」
「…有島湊か」
「いや、兄貴の方じゃない。弟の方だ」
「湊じゃない?
あそこは代々長男から代替わりしていたはずじゃ…」
「俺も詳しくは知らない
だけど今の有島組は、弟の零が組長している」
有島湊(ありしま みなと)は凛翔と有翔の先輩であり、知り合いの関係で
弟の零とは、面識が無かった
「まあ何はともかく…まずは彩七を連れ戻さないことには何も始まらねえからな」
どうすっかなー…とぶつぶつ呟く凛翔
「…多少手荒でも、何とかしてみるか」
そう言って凛翔が部屋を出た直後、有翔は急いで電話を掛けた
『あ、もしもし?兄さん?』
電話の向こうから、聞き慣れた声がした
「…彩七、よく聞いてくれ
お前の居場所がばれた」
『…っ、!?』
「…今すぐそこから離れるんだ!
じゃないとー…」
『…?あ、有翔に…』
途中で言葉が途切れた有翔
電話の向こうで彩七が異変に気付く
「…有翔、裏切ったな!」
有翔が後ろを振り返ると…
去ったはずの凛翔が、全開になったドアの向こうで有翔を睨みつけていた