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『3月22日《土》午前2時13分』



「自殺するこの日ぐらい、僕の人生そっくりな大雨だったらいいのになぁ‥‥‥」

そう言って僕は、二階建ての屋根から地面を見下ろした。

高さは十メートル以上あったが、生きる気力を失った今の自分は、死ぬ恐怖を感じなかった。

「美希さん、今から僕もそっちに逝くよ」

大好きだった彼女の名前を最後に口にして、僕は足がすくむ高さから飛び降りた。

ーーーーーードスンーーーーーー








『4月9日《水》午前6時50分』




「未来、今日から高校生活スタートするんでしょ。早く、起きなさい」

母親が木目の螺旋階段を上がり、僕の寝室の扉をガチャリと開けた。

「おはよ、朝よ」

母親が淡々と言い、僕の窓辺のカーテンを勢いよく開ける。

「ウッ」

太陽の幾筋の光がまぶしく目に当たり、僕は手で顔を覆った。

「………」

もう少し寝ようと思ったその時、

「今日から、高校生活スタートするんでしょ。勉強・友情・恋愛・いつまでも寝てないで、楽しい高校生活が始まるわよ」

母親が、朝から僕に嫌がらせを言う。

かけ布団を放り投げ、僕の体を二回大きく揺らす。そして、さっそうと下に駆け下りた。

「辛い………」

僕はまだ半分眠っている目をこすりながら、シングルベットからゆっくりと起き上がった。

開けっ放しの寝室のドアを抜け、短い廊下を一歩一歩亀のようにのろのろと歩く。そして白い壁に手をつきながら、ふらついた足取りで木目の螺旋階段をゆっくりと下りた。


「はい、朝ごはん。ごはんとお茶ね」

リビングに繋がるドアを開けると、慌ただしいく今朝の準備に追われている母の見慣れたいつもの風景が広がっていた。

広くもなく狭くもない、十畳ほどのリビング。三人掛けの白いやわらかいソファーと、三人掛けの革張りのソファー。それと、革張りのこげ茶色の回転椅子。そのリビングの中央にはちゃぶ台が配置されており、目の前には、35インチの液晶テレビが台の上に置かれいる。

「おはよう」

僕は適当に朝の挨拶を済ました後、引き寄せられるように白いやわらかいソファーの上に腰を落とした。

ちゃぶ台の上にはおぼんが乗っており、その上に今日の朝食が置かれている。

母の言った通り、おぼんの上に乗っていたのは、白いごはんとお茶が注がれたプラスチック製の赤いコップ。それと、自分のお箸。

「………」

僕はちゃぶ台の上に乗っていた、テレビのリモコンの電源ボタンを人差し指で押した。ピッという機械的な音が小さく鳴り、僕の心のように暗かったテレビ画面が明るく映る。

テレビ画面には、若い女性アナウンサーと、中年の男性アナウンサーが映っていた。

『今朝から、嬉しいニュースをお届けします。あの有名女優が、人気俳優と熱愛!ビックカップルの誕生か?このまま、ゴールインなるか………?』

それほど好みではない女子アナが、カメラに目線を向けて今朝からどうでもいいニュースを真剣に言っている。

「うざい」

僕は顔をしかめて、好みの女子アナが出演している番組にチャンネルを変える。リモコンを人差し指で操作し、すぐに画面が切り替わる。

『おはようございます。エンタメから、社会まで。ありとあらゆる情報を詳しく発信していきます』

画面が切り替わったと同時に、僕の好みの女子アナがテレビ画面に映った。
ーーーーーー中学生の頃も、そうだった。中学校に行くのはものすごく嫌だったけれど、この女性アナウンサーに元気をもらって登校していた。

この女性アナウンサーの声も好きだが、容姿はそれ以上に好きだ。

しかも、この女性アナウンサーが担当して読み上げる、事件や事故のニュースは僕は共感が持てる。
どうでもいい恋愛のニュースよりも、僕に近いニュースを報道してくれているからだ。



「今朝から、悲しいニュースをお伝えしなければなりません。女子大生が、同じ大学に通う男子生徒数人に性的暴行を加えられていたことが分かりました。女子大生はうつ病を発症し、大学をしばらく休学中です。女子大生のお腹には胎児も宿っており、女子大生の両親は大学側と男子生徒を訴える方針を固めています。これについて、男子生徒たちは否定しています。女子大生が風俗で働いていた為、自分たちの子供とは限らない。性的暴行は、合意の上だったと………」

食い入るように液晶テレビの画面に映っている好みの女子アナを凝視していると、

「ダラダラ飯食ってんと、早く学校に行く準備しろ。未来」

いらだちを含んだ声が、僕の耳に鋭く聞こえた。



「………」

僕は、声のした方に視線に向けた。視線の二メートル先に、厳しい表情を浮かべた父の姿が目に映った。

父はイスに座りながら、マグカップから湯気が出ているコーヒーをおいしそうに味わって飲んでいる。

「うん」

僕は好きな女子アナから視線を外し、朝食の白ごはんを慌てて食べた。そして、お水をゴクゴクと一気に飲んだ。

普段ならおいしいと感じられる冷たいお水も、慌てて飲んだからおいしく感じられなかった。

「未来。学校の制服、この白いソファーに置いとくね」

母親が、白いソファーにR高校の制服を準備してくれる。

小学校の時から、母の手をわずらわしている。優しい母に感謝していると同時に、自分の将来の不安が募る。

「………」

僕は朝食を食べ終え、R高校の制服に着替え始める。

着ていたパジャマを脱ぎ捨て、汚れ一つ付いていない新品の真っ白なカッターシャツに着替えた。緑色のネクタイをヘタクソに結び、ズボンを履く。パジャマからR高校の制服に着替えると、一気に体と心がずしりと重くなるのが分かる。