「お客さん…飲み過ぎですよ」



降り始めた雨から、逃げるようにして入ったバー。

薄暗い店内に、音数が少ないジャズが流れている。

(ああ…そっくりだ)

カウンターに頬をくっ付けて、目の前にあるグラスを見つめた。

透き通ってるくせに…ちゃんと味がある…ジンってやつに、俺は笑った。

顔を上げ、ロンググラスの中身を飲み干すと、俺はカウンターの向こうのマスターに、空のグラスを突き出した。

「お代わりを…」

にやっと愛想笑いを浮かべる俺に、マスターはため息をつき、

「大丈夫なんですか?」

腕を伸ばして、やっと届くカウンターの広さに、俺は思った。

(カウンターのように…壁があったのか?あんなに近かったのに)

俺は、マスターを見つめ、

「ああ…大丈夫」


マスターは、俺からグラスを受け取ると、

「ロックはやめて…トニックにしますか?」

「余計なものは、入れなくていい」

マスターの提案を、俺は断った。


余計なものは、いれなくていい。

余計なものは…。

強烈な痛みすら感じるジンの味を、舌が感じるたびに、俺は強烈に思い出す。


痛みとは裏腹に、瞳に涙が滲んでくる。

俺は、コースターの上に、グラスを置くと、カウンターの向こうにいるマスターに言った。


「かけてよ…。いつもの…」

マスターは頷き、カウンターの端に置いてあるレコードプレーヤーに、古びたレコードをのせ…針を落とした。

俺はそっと…目を閉じた。

閉じた反動で、少し涙が溢れ出た。


マスターは、プレーヤーのそばに、レコードジャケットを立て掛けた。


ジェリー・マリガン【ナイト・ライツ】


「この音だ…」

(同じ音を流す……違うもの)


俺は、ジャケットを見ながら、過去に沈んだ。


そう…もう過去だ。