颯ちゃんは暫く黙り込んだ後、下がっていた頭を上げて、今度は空を見上げた。何か言葉を探してる様子で、戸惑いや混乱が見てとれる。

今度は私がだんまりを決め込む番だった。


「かすみ」


ふわりと風に乗って、私の元に届いたその名前は、どんなに素晴らしい名前よりも眩しく感じた。あんなに地味で目立たない名前だと思ってた私の名前なのに、颯ちゃんにかかれば宝物に変わってしまうから、やっぱりすごい。颯ちゃんはすごい。


「色々巻き込んで、悪かったな」


そう言って颯ちゃんは困ったようにも見える表情で微笑んだ。


颯ちゃんの隣にいる事はとても大変だったけど、でも、とても楽しい日々でした。

そう思って私も、颯ちゃんにならって微笑みを返した。


颯ちゃんはくるりと身を翻して、再び歩き出す。だけどその後ろ姿に苛立ちや、怒りは見えない。

私もくるりと体を反転させて1年校舎へ向かって歩き出した。


……きっと、颯ちゃんは大丈夫。そんな気がする。さっきの笑顔を見たら、なんとなくそう思えたから。

この勘が当たらなくて、やっぱり馬鹿な事を繰り返すようなら、また叱ってあげればいい。ウザがられても、キレられても。それでも私は颯ちゃんに言ってやるんだ。


でも颯ちゃんはもう、大丈夫なんじゃないかな。


私は歩む足をピタリと止め、再び振り返った。そこにはポケットに手を突っ込んで私とは逆方向に歩く颯ちゃんの姿があった。