あの夜、睦月さんが帰ったあと。
熱のせいで頬が赤らんだ雨宮さんがした、悲しい話。
お互い嫌いになったわけじゃないのに別れた、昔の人のこと。
雨宮さんにとってそれは、今となっては思い出話だったのかもしれないけど。
悲しそうな、苦しそうな、今にも消えて無くなっちゃいそうに弱々しく揺れた瞳が、今でも忘れられない。
雨宮綾じゃなく、"百瀬亜弥"に少しだけ触れたような瞬間が確かにそこにはあった、けど。
「…やっぱり雨宮さんは、笑ってる顔が一番素敵ですね」
きっとそれは、とっても貴重な一コマ。
こんなことにでもならなければ、死んでも見ることのなかったような顔。
美月に今まで無理矢理見せられた雑誌やDVDの中では見当たらなかった表情だったけど、それよりも。
「なんだ、いきなり」
私をハムスターだとからかって笑う子供みたいな笑顔だとか
こうして照れた時に顔を逸らしてサラダを頬張る横顔だとか
そういう顔の方が、ずっといい。
雨宮さんの悲しい顔は見たくないと思う。
笑って、いてほしい。
「そういえば、本番はいつなんだ」
「文化祭ですか?」
「あぁ」