あの屋根の下で高潮を迎えたのか、だったら。
 決め込んでいたものが崩れ、押し寄せる不安に急かれて急いだ。
 集落の中に入った。背中合わせの二軒長屋が続いのている。どの家も軒近くまで土壁の竹組が剥き出しになり、所々に大きなものがぶつかったらしい傷があった。
 角から戸板を押した男が出てきた。戸板には布団がのせてあり、布団の真ん中が盛り上がっていた。病人のようだが、そうではない、と隆は思った。
 同じ造りの平屋が向い合っている水面を、話し合いながら歩いている人の後についた。この町内では犠牲者のいない所帯の方が少なく、逃げ延びた人はは小学校に寝泊りしているのを知った。
 弘美の安否も知っているに違いない。訊きたい、と思ったが、口先まで出かかった言葉が、引っ込み、動悸が高鳴った。聞きたいが、聞きたくない。
 隆は歩調を緩め、水の脇腹を摩った。
 あどけない丸顔が浮かんだ。
 時々、幼女のような仕草をする。愛しい。
 あの仕草は、彼女の中に、現実に不適応な部分があるのだ。
 俺にもある。だから、惹かれるのだ。