隆は弘美の心の動きを図りかね、遠ざかる後ろ姿を見送ってから、歩きだし、自問自答を繰り返した。俺が気づく前に、弘美は俺に気づき、何かを感じ、感じたことを隠そうとして素知らぬ顔をしたのだ。何を感じとったのか。

 数日後友人が言った
「弘美はお前に気があるぞ」
「まさか」
「お前は、ぼぉ-としてる、と言うのだ。それで、みんな、ぼぉ-としているじやないか、と言ったら、あの人のぼぉ-は、みんなと違う。何かを考えているようだ、と言うのだ。」
先日の弘美の姿がうかんだ。妄想に耽っていた俺の目を覗き込んで、何か考えている、と思ったのだ。
 隆は勇み立った。
 弘美がよく図書室にいるのを思いだし、急いだ。
 弘美は窓際の教科書を広げていた。
 隆が近づくのに気づくと、ああ、と呟き、視線を伏せた。
 拒否する仕草ではない、と隆は、高鳴る胸を抑えて声をかけた。
「よく勉強するのだね」
「することがないもの」
 如何にも所作いなげに言った。
 隆は目の前がくらくらするのを覚え、手近の椅子に腰を下ろした。隆は勉強以外なら、したいことばかりだつた。
「なにをするの」
 あどけない顔を傾げて弘美は言った。
「何をしても、つまらないと思うわ。そりゃあ、する前は期待がないこともないわ。でも、すぐ幻滅するだけよ」