小高くなっている橋の中央まで来て、隆は立ち止まった。前方は見渡す限り水に浸かり、道路は川のようであった。市電の軌道がある筈の道路の真ん中には、着物の裾を捲り上げた女や下半身は下着だけの男が、膝上まである水を掻き分けて歩いていた。橋の袂にはテントが張ってあり、消防団員や市の職員らしい男が出入りし、一目で罹災者と分かる身繕いを忘れた人々が群がっていた。
 一昨日の台風の高潮が海岸堤防を寸断したのは知っていたが、と隆はN大の腕章のついた腕を組んだ。川岸のように水で洗われている道端の民間の土壁は、鴨居近くまで竹組が剥き出しになっていた。
あの高さまで水が来たのだ。だったら、ここから市電で四区も海よりの弘美の家は、どこまで浸水したのか。

 一時間ほど前、自治会室へ行くと、
「弘美は死んだかもしれん」と友人が言った。
「まさか」と隆は笑った。
「生死の確認のとれない学生は後三名だが、弘美の住所の近辺の被害が最大だ」
 友人は睨みつけて続けた。
「区役所や新聞社へは学生を派遣した。あとは彼女の家へ行くだけだが、二キロは水の中を歩かないかん」
「行こう」
 隆は即座に言った。
 
隆は弘美の家の方向を睨んだ。
 弘美の家はきっと、立派な二階建てなのだ。三メ-トルを越したという高潮にも、ピクともしていないに違いない。
 大きく息を継ぎ橋を下った。