1時間ほどでナッちゃんが目を覚ました。
「……?」
「あ,目覚めた?水のむ?ごめんね」
「気ぃ失ってた…?」
「うん…ほんとごめん」
「いや,いいよ。気持ち良すぎた…」
最後はほんとに小さく。囁くようにそう言った。マジか気持ち良すぎて飛んじゃったんだ…
「ねえ,きいてもいい?」
「ん?」
「元カレとはやんなかったの?」
あの日,ナッちゃんは初めてだって言った。まあ,それにしては感じすぎてたけど…その言葉を信じるなら,元カレとはセックスしてないってことだ。
「…やってない。あたしが気持ちよくなれないから」
「そっか」
素直に答えてくれるのを,今更意外だなんて思わなくなった。ナッちゃんはツンツンしててぶっきらぼうだけど聞いたことにはちゃんと答えてくれる素直な子だ。普通に性格がいい子。
「…あたしのことを好きな人に酷くしてくれなんて言えないでしょ」
「そうなの?」
「そうなの」
「好きな人からされることならなんでも気持ちいいとはなんない?」
「…別に,好きじゃなかったし」
え?そうなの?そういう関係だったの?
「男が一方的にナッちゃんを好きだったってこと?」
「一方的にっていうのはどうかな…好きになれると思ったんだけど,わかんないまま終わった」
好きって何だろうね,とボーっと虚空を見つめながらつぶやいた。きっとこれは俺に尋ねているわけじゃないんだろう。好きってなにか?そんなの俺もわかんないけどさあ
「一緒にいたいとか,独占したいとか,やりたいとか,いろいろあるんじゃない?」
「そのどれにも当てはまらなかったら好きじゃない?」
「んんん…一緒にいて楽しいとか落ち着くとか?その人のことを特別に感じるだけでいいんじゃないかな」
「特別じゃ,ないんだよねえ…誰も」
それに特別って感情もわかんない,と自嘲気味に笑った。
そっか…ナッちゃんは人を好きになったことがないんだ。
「難しく考えなくても,ナッちゃんが好きだなって思ったらそれでいいんだよ」
「ふうん…」
きっと考えすぎだ。好きになろうと思ってなるもんじゃないし,特別がどんな感情かなんてみんなきっと知らない。酷くされたいナッちゃんを優しく扱いたい俺みたいなのだっている。ナッちゃんが望むならひどく抱いてあげたいし辛そうにしてたらただ一緒に喋るだけでもいい。仕事中も一人でいるときも友人と会ってる時だって携帯を気にして連絡を待ってる…こんな状況を好きだって言えばいいんじゃないかと思う。
そんなふうに考えて「ああ今俺,恋してんなあ~」と思っていた。そんなときナッちゃんが。
「あたし,あたしのことを好きな人を好きになれないのかもしれない」
そんなことを言うもんだから,俺のこの気持ちは口に出しちゃいけないんだと思った。