「……行っちゃった」
なぜか、うれしそうな真木綿さんは急激な疲労に苛まれている俺の二の腕を二回、ぽんぽんと叩いた。
「ふふ、だいじょうぶ?」

その言葉になんだか力が抜け、同時に頬の筋肉が緩むのもわかった。俺の疲労を理解し、その上でとても愉快そうにしている真木綿さんに身も心も引っ張られる。俺は何も言わず笑った。

「幼馴染なんです。綾美は」
「へぇ。可愛い子だったねぇ。てゆうか私また普通にタメ口きかれたけど」
「はは、やっぱり真木綿さんって年下に見えますもん」
「なんでかな?まぁあんまり敬語使われるの得意じゃないから、いいけど」

話しながら駅の改札を出たところで、真木綿さんは振り向いてまた俺の腕を二回叩いた。そういえば、いつもこの人は俺の前を歩いてる。

「あの子、絶対ノリマキくんのこと好きだよ」

こんなしょっちゅうプワプワしてて、前も確かめず俺の方を見ていたりしてそこら辺の空き缶で転んだりしないだろうか、誰かにぶつかったりはしないだろうか。本当は少しだけ心配しているのに、こっちなんか見ないで歩いてくださいと言わない俺は何なんだろう。


一体、何なんだろう。

「……ありえないですよそんなの。あいつ彼氏いるし」
「えーそうなの?」

この嘘は、一体。