綾美は口を硬く閉じて、大きな猫目を見開いた。俺の目は、また真っ黒なアイラインへと自然に集中してしまう。何度も繰り返していることだが、どうしてもこの線を見ると小さい頃の事を少しだけ思い出してしまうのだ。

まだ綾美がお母さんの化粧道具をいじって似合いもしない真っ赤なルージュを引いて俺のところに遊びに来ていた、あの頃の事を。いけないものをみているような、見てはいけないものを見ているような感じ。

「へぇ~……仲良いんだぁ」
「これから仲良しになる予定です」

真木綿さんは何も考えていないような顔で無邪気に笑った。といっても彼女の無邪気とは隅々まで計算され作られた、確信のようなものだけれど。
俺はそんな予定があったのか、と綾美を見つめる。

綾美の顔は、何となく歪んでいるように見えた。変なところに力が入って、顔のバランスがとれないみたいだ。

「そっかーあなた名前は?」
「葛城真木綿です」
「真木綿ちゃん。よかったらこのヘタレ、死ぬまで使いぱしってやってね」
「はい、喜んで」

ん?喜べないだろ。それ俺だけ喜べない状況だろ。という言葉が頭に浮かんだが、それもぱっと、すぐに消えた。とにかくこの二人の会話が終わりそう事に俺は変な安心感を感じていた。変な横やりは入れないほうが無難だ。

「じゃあ」

綾美は真木綿さんに手を振り、俺の肩に手を置いて耳元に唇を寄せた。

「せいぜい仲良くすれば」

その次は、何を言ったのか何も言わなかったのか。電車の音でかきけされてしまって、俺には届かなかった。