今頃、本人は裏でそんな計画が進んでいるのだとも知らずノートの直しを一人寂しく教室でやっているのだろう。少し可哀想な気もするが、こんな話を聞いてしまえばそんな感情もふっとぶ。むしろ、とても羨ましいじゃないか。

「で、俺も手伝えと」
「いや?」
「まさか」
「よかった」

真木綿さんは微笑み、電車の外の景色をガラスのような瞳で見つめていた。透き通っているような瞳はキラキラと輝いていて、冷たい。渦巻く感情、とか人間っぽいものが全く見えない。精密に作られた人形のようだ。

「何が欲しいのかな、優は」

吐く息みたいに流れたその声に彼女の瞳をもう一度だけ見る。さっきと何らかわりのないように見える青。けれど、光り方が、全然違った。そこでやっと気付いた。彼女が、笑っている。

「真木綿さん、と優は友達なんですよね?」

無意識に開いていた口を急いで閉じるも、時すでに遅く、突然の事に反応できないでいる真木綿さんが目をぱちくりさせていた。俺は居た堪れなくなり、視線を泳がせる。と、真木綿さんはまたさっきのように微笑んだ。

「優がそう言ったの?」
「いや、えと。あの……はじめて出来た友達だとか、何とか」
「ふーん」

真木綿さんは楽しそうに唇の端を吊り上げ、少し経った所で小さく、長いため息をついた。やっぱり、聞くべきじゃなかったのかもしれない。

「間違ってないよ、別に付き合ってたわけでも、付き合ってるわけでもないし。セフレでもない、男と女だからそういう選択肢が出来るだけで、私達はただの友達」
「じゃあ、初めて出来た友達って?」
「それは嘘よ。じゃなきゃ初めて出来た"女友達”って意味じゃない?」
「嘘……じゃないと思いますけど」
「じゃあ後者ね。あ、着いた」

扉があき、人の流れと流れの擦れ違いの中に俺たちは紛れ込んでホームをあとにした。

優に限って嘘はありえない。と、俺は胸を張って言えるな、なんて少しだけ考えてからだいぶ照れくさくなったので、その言葉は誰にも言わず胸の中に閉まっておいた。