「あ、あぁオヤスミ」

綾美が家に入るのを見届け、俺はしばらくそこに立っていた。
違和感は、目の輪郭をなぞる、あの黒い線だけじゃない。

今まで腐るほどあった話題も、むしろ離れたいと思っていたあの距離感も、全てがぐにゃりと歪んで、綾美の元へたどり着けずに終わってしまう。

13年間一緒にいて、たった3ヶ月。少し遠くに行っただけで、少し会話をしなかっただけで。

もう、綾美の時の流れと俺の時の流れは違う。
一緒に見ていた時計、あの時が戻ってくることはもう一生ないのだ。
僕らは別々の時計を見て生きている。もう別の世界の人間同士。


寂しくはないけど、切ないもんだな、と空っぽになった拳を握り締め、家路に着く間、少しだけ昔の事を思い出した。