小悪魔なキミに恋しちゃいました。



「ま、待って」


気がついたら私は、ドアを開けて帰ろうとしていた結城くんの腕を掴んで声をかけていた。


「うん、なあに」


向こうを向いていた結城くんが私の方へと振り返る。



「勉強、教えてください」



はぁ、言ってしまった……



お願いしてしまった。



「よし、よく出来ました」



結城くんは私の頭を、まるでペットを撫でるかのようにクシャクシャと撫でた。



「ちょ、髪の毛が……」



「そんなこといいから。そうやって慌てるキミも可愛いよ」



「……へっ?」



今、なんて……?



「ほら、戻るよ。勉強会するんでしょ?また赤点なんか取ったら許さないからね」



「うわっ」



ぐいっとそのまま手を引かれて、元いた場所へと戻される。



私が頼んだことで、結城くんも問題集と教科書をカバンから取り出して、本格的に勉強会が始まる。




ここはこうで、こうなって……と解説する結城くんは、さすが満点を取っている天才だと納得する。



しかし、私の頭はそんな解説はスルスルと通り抜け、さっきの"可愛いよ"と言った謎のワードが頭の中を駆け巡る。



尚且つ、私の隣に座る結城くんはとても近くて、長く綺麗なまつ毛とか、綺麗な肌とか、何もかもが王子様と言われるほど相応しくかっこよくて、ドキドキが止まらない。



なんで……なんでこんなにドキドキが止まらないの。



大っ嫌い、大嫌いなはずなのにっ。



「……ってなるんだけど。ねぇ、聞いてる?」



「へっ、き、聞いてるよ。答えはこれでしょ?」



「うん。じゃあこれ解いてみて」



結城くんに言われたのは、今解説してくれたものと似ている問題。



でも、聞いていたと嘘をついた私には、さっぱりわからない。



あぁ、どうしよう。



今更、本当は聞いてませんでしたなんて言えないよ。



チラッと結城くんの方を見ると、呆れ顔。



「正直に言いなよ。どうせ違うこと考えて聞いてなかったんでしょ」



「ご、ごめんなさい……」


結城くんにはお見通し。



嘘をつこうとした私が間違いでした。




「キミさ、そんなに僕からのお仕置きが欲しいわけ?」



「え?」



突然頭を抱え始める結城くん。



おまけに大きなため息付き。



「涙を浮かべながら僕にお願いしてきたり、上目遣いで謝ってきたり、僕のことをずっと見つめてきたり……」



「……なに?」



ブツブツと何か呟いていたみたいだけど、下を向く結城くんの声は、はっきりと私まで届かない。



「だから、僕のこと誘ってるの?」



「……ん?」



誘ってるって、何を?



私は、結城くんの言っていることが全くわからない。



「だーかーら、もう……いいよ」



「え?」



ちゃんと言ってくれなきゃわからない。



顔を上げた結城くんは、とても困った顔をしていた。



「今日はもうおしまい。明日答え合わせして上げるからこのページやって来てね。じゃあ」



「え、待ってよ、結城くん!」



結城くんは、私に宿題だけを残して先に帰ってしまった。



なんなのよ、一体。



コロコロ変わる結城くんは、何を考えているのかわからない。



教えてくれる先生代わりの結城くんも帰ってしまい何も出来ない私は、仕方なく帰る身支度をして帰路についた。





あの日、僕はいつものように中庭にいた。



中学の頃から「かっこいい」と言われることが増え、周りに女の子が集まるようになった。



元々そんなに人と関わろうしていなかったこともあり、女の子が来ようと適当にあしらっていた。



しかし、それは逆効果。



何故かクールだとさらに人が集まるようになった。



そして、この学校に来てからは、クールでダメなら……と無難にどこにでもいそうな普通の高校生を演じるようになったわけだけど。



それは意味がなかったらしい。



逆に"王子"なんかと言われ、中学から俺を知ってる大和は、僕の変わりぶりにお腹を抱えて大爆笑していた。



こっちは本当に困ってるっていうのに。



今更どうこうすることも出来ないまま2ヶ月が経とうとしている。



大和と話している時と、こうして中庭で過ごす時間が唯一気を張らなくてもいい時間。



大木という言葉がピッタリのこの木の下で、寝転びながら空を見上げるのが、とても心地よい。



空を見上げるたびに気づいたことがある。



それは毎日空の色が違うこと。



その色を見ることが最近の楽しみでもある。



……なんて寂しいやつなんだろうか



自分でそうツッコミながらも、今日も同じく空を見上げていた。




いつもと同じ日を過ごす予定だった。


中庭にいるのは、いつの間にか出来ていた僕のファンとかいう女の子たちから逃げて、落ち着いてから帰ろうとしていたという理由もある。



今日も日が沈み始めた頃に帰ろう、そう思っていた。



その時ふっと感じた人の気配。



中庭に来る人なんか滅多にいなくて、ここに僕がいるってことを知ってるのは大和くらい。



そんなこともあり、たまに用事があるとここに来ていた。



当然、今日もなんか用があって僕のところに来たんだと思った。



「……なんだよ、大和。いるなら声掛けろ……って、あ?」



勢いよく起き上がり、その先にいたのは、大和ではなかった。



「……結城、れ……お?」



そうか細い声で僕の名前を呟いたのは、確か同じクラスの……



「いつからお前……」



すっかり動揺してしまっていた僕は、いつもの偽りの王子を忘れて素で話してしまった。



やってしまった……



そう思った時にはもう遅い。



「どうしたの、須藤さん」



1度も戻して見たけれど、須藤さんはしっかり聞いてしまっていたようで誤魔化しきれないと思った僕は、偽ることをやめた。




「もうバレたわけだし、営業スマイルいらないよね」



すると、須藤は今にも逃げたいというふうに、様子をうかがっているようだった。



中学では、これでも女の子は寄ってきていたのに、須藤さんは違う。



それがまた新鮮で、疑問だった。



「ちょっと待ちなよ」



「……えっ」



「僕を睨みつけるなんて、珍しいね」



本当に、色目しか使ってこない女の子とは違う。



こんなに敵意をむき出しにされるなんて、逆に不思議でしょうがない。



「そのままじゃ、返さないよ」



あんなにどうにか逃げられないかと、必死になっていたのに、何故か今は気になって仕方がない。



気づいた時には、須藤さんのことを引き止めてしまっていた。



「えっと……意味がわからないんですけど」



「僕のこと、他の人に話されると困るんだよね」



そんなのただの口実。



「……言うわけないじゃん」



「あのさ、僕がキミをそのまま返すと思う?」



「1つ条件がある」



何も言えずに立ち尽くす須藤さんに、自分でもびっくりする言葉が飛び出した。



「キミさ、今日から僕の彼女ね。覚えておいて」



もっと驚いたのは、須藤さんの反応。



それなりに告白されることも多く、何度も断ってきた。



好意を持たれていたことばかりで、断られるなんて思ってもみなかった。



「僕を振るなんていい度胸だね?」



だから僕は、キミのことをちょっぴりからかってみたくなっちゃったんだよ。




「言っておくけど、キミに拒否権はないからね」



何に怯えているのか、須藤さんが僕の彼女になったことは誰にも言わないで欲しいと頼んできた。



僕もその素の自分をバラしてしまわないように口止めをしている。



それなのに僕は良くて須藤さんはダメなんてフェアじゃない。



「ふーん、交換条件ね。いいよ、黙っててあげる。その代わり、毎日放課後はここに来ること」



許可する代わりに、もう一つだけ約束を追加した。



これじゃ結局、僕の方がずるいかもしれないけど、またキミと話がしてみたい……そう思った僕は、無理矢理約束を取り付けるしかなかった。



そうでもしないと、キミはまた来てくれることはないと思ったから。



「じゃあ、また明日」



「……わっ!?」



どうしてか……



自分の気持ちなんて全然わからなくて。



「……待ってるから」



無意識に髪なんか撫でちゃって、ポロリと出てしまった心の声。



「……っ」



びっくりしている須藤さんが、まるで怯える子犬のようで。



「キミ、バカだけど、かわいいと思うよ。じゃあね」



思わず僕は、須藤さんの前髪上げて、おでこにキスしてしまっていた。




次の日の朝。



今日も須藤さんは来てくれるのだろうか。



頭の中はそれだけだった。



こんな僕は僕じゃない。



「よぉ、玲央」



「あぁ大和か。おはよ」



「なんだよ、素っ気ねぇな。なんかあった?」



そんなに素っ気ない挨拶だっただろうか。



「ううん、別に」



「変な玲央」



確かに変だよな……



なんて妙に納得しながら教室まで向かう。


「おーファンクラブの皆さんのお出ましみたいだぞ」



徐々に大きくなる女の子の甲高い歓声。



「みんなおはよう」



ニコニコとそう挨拶を返していくと、隣でクスクス笑い始める大和。



この性格を始めてから2ヶ月が経つが、僕の素の姿を知っている大和には、面白くて仕方がないらしい。



僕だって好きでやってるわけじゃないのに。



何でもない一日はあっという間に過ぎ、時は放課後。



今日もいつもの如く、大和にまた明日という合図だけを送って、早々に教室を出る。



一歩遅れては、あっという間に囲まれてしまう。




入学式の日がいい例だ。



あの日は、帰ろうにも帰れず、家に帰ってこれたのはホームルームが終わってから3時間後のことだった。



それはどうしても避けたくて、囲まれる前に逃げるこのスタイルは、すっかり定着してしまっている。



後から大和に聞いた話だと、毎日毎日ファンの女の子たちは、僕のことを探し回っているらしい。



想像するだけで寒気がする。



数人の取り巻きを振り切って、中庭に着くとすぐにカバンを下ろして寝転がる。



「今日も綺麗だな」



手を掲げて、空を見る。



するとすぐに、キミはやってきた。



僕が気づいていないと思っているのか、そっと近づいてくる。



「ねぇ、キミ」



「……へっ?」



そう声をかければ、ハッとして口元を両手で押さえる須藤さん。



でも、今更遅いことに気づいたのか、恥ずかしがる。



何故かそれからキミは、僕からの離れた場所に座る。



声をかけても、近くに来る気はないらしい。


小悪魔なキミに恋しちゃいました。

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