小悪魔なキミに恋しちゃいました。



"結城くんの彼女"



その響きは、この学校に通っている女の子は誰しも手にしたいもの。



それは、私を除いて……の話ではあるけれど。



その彼女に私がなれって?



冗談じゃない。



「意味がわからないので。……その、さようなら」



いい加減に離さない手を、無理矢理振りほどいて立ち去ろうとするが、力が強まるその手を離すことはできず、むしろ難しくなった。



「僕を振るなんていい度胸だね?」



今日はとんだ災難な日だ。



きっと占いは最下位だ。



「言っておくけど、キミに拒否権はないからね?」



あぁ、神様、仏様……



いるのならば、私をお助けください。



そんな願いも虚しく、今日から私はみんなの王子様、結城玲央の彼女となってしまった。




あぁ、どうしよう……



認めてなんかいないけれど、もし結城くんの彼女になった事がファンの子たちにバレたものなら、私はもう命がないも同然だ。



「あの、結城くん」



「なに?」



「嘘、だよね?」



「何言ってるの?本当だよ。キミが誰にも言わないように見てないとね」



そんな……



どうやら私はこれから逃れることはできないよう。



「それなら、せめて一つだけ約束して」



「内容によるけど」



まだ、私は死にたくない。



「私が結城くんの彼女になったことは誰にも言わないで」



これは私の命がかかってる。
私の人生がかかってる。




どうせ王子様の気まぐれで、きっといつか飽きるだろうと、諦めた私のたった一つのお願い。



「ふーん、交換条件ね。いいよ、黙っててあげる。その代わり、毎日放課後はここに来ること」



あぁ言えばこう、こう言えばあぁ……



本当に嫌になる、この王子様気取り。



私は召使じゃない!



しかし、弱みを握られている私は「はい」としか答えることが出来なかった。




「じゃあ、また明日」



「……わっ!?」



まるでペットのように頭をぐしゃぐしゃと撫でられる私。



そのおかげで、髪はボサボサだ。



「ちょっと、」



「……待ってるから」



「……っ」



ぺたりと芝の上に座り込む私をのぞき込むようにしゃがみこんだ結城くんとばっちり目が合う。



大嫌い、だけどかっこいいことに変わらない結城くんの整った顔。



目のやり場がなく、思わず目が泳いでしまう。



「キミ、バカだけど、かわいいと思うよ。じゃあね」



私の前髪をサッと上にあげて、あらわになったおでこに短いキスを落としていった結城くん。



私が放心状態になっている事を知ってか知らずか、私一人残して行ってしまった。



ちょっと……今の何?



頭を撫でて、おでこにキス。



おまけに、かわいいって……。



いやいや、アイツがそんなことする訳……



ないと思う反面、表向きは王子様で誰にでも出来るだろうと想像がついてしまった。



ふん、どうせ王子の気まぐれだよ。



いちいち間に受けてたら、キリがない。



もう帰ろう。



ゆっくり立ち上がり、夕日に背を向けて帰路についた。





「はぁ……」



家に着くなり、大きなため息をついてベッドへダイブする。



今日はとても疲れた。



全身がだるく、疲労感を感じる。



ホームルームで成宮先生に目をつけられるわ、雑用を頼まれちゃうわ、大嫌いな王子様と鉢合わせしてしまうわ……



しまいにはされたくもない彼女にさせられてしまった。



普通の女の子なら、りんごのように頬を赤く染めて、うさぎのように飛び跳ねて喜ぶんだろうな……



そんなことを、顔を枕に押し付けながら考える。



明日もまたあの中庭へ来るようにと言われている。



「……行きたくないなぁ」



出来れば会いたくもない。



しかし、クラスメイトである以上、話さなくとも顔を合わせないなんてことはできない。



それに、その約束を破った時には、私の人生は終わりを迎えてしまう……。



あの時なんで中庭になんか行こうと思ったんだろう。



今になって、あの時の自分の行動に後悔する。



時間を戻せたら、絶対に止めにいくのに。





「……り、茉莉〜!朝よ、起きなさ〜い!」



「んぅ……」



部屋の外からお母さんの声がする。



重い瞼をあけると、もう外は日が昇り明るくなっていた。



……憂鬱だ。



部屋着から制服に着替え、全身ミラーに映る自分をみて思う。



まだセットされていないボサボサの髪は、昨日の結城くんの撫でられたあとを思い出してしまうし、キスを落とされたおでこを妙に意識してしまう。



「はぁ……」



こんなにため息をついていたら、幸せも逃げていきそうだ。



身支度を整えて、リビングへと降りると、お母さんが食卓テーブルに朝食を並べていた。



「おはよう、お母さん」



「おはよう、茉莉。あら、なんか元気ないんじゃない?」



……お母さんは鋭い。



私の気持ちを見透かされている。



「そう?大丈夫だよ」



「ならいいけど。てっきり恋の悩みかなーと思っちゃったわ?」



「……っ」



恋、ではないけど、そんなものだろうか。



好きなんてことはなく、全くその逆なわけだけど、分類的には恋の悩みになるのかもしれない。



怪しまれないように「違うよ」と答えて、ボロが出ないうちにと、朝食をかきこんだ。





「行ってきます」



学校までの道のりはさほど遠くはないが、その足取りはとても重い。



そのせいか、足を進めどなかなか縮まらないその距離が遠く感じてしまう。



それでもやっぱり進んでいるわけで、気づいた頃には学校の目の前まで来ていた。



「茉莉〜!」



「わぁっ、ゆ、悠陽ちゃん!脅かさないでよ、もう……」



後ろから来ていた悠陽ちゃんには、全然気づかず、ドンっという衝撃で振り返る。



「ごめんって!ほら、この通り!」



手を合わせながら頭を下げて謝るものだから、面白くて笑ってしまう。



「ちょっとー、謝ってるのに笑うなんてひどくない?」



膨れっ面をしたかと思えば、私につられて笑い始める悠陽ちゃん。



そんな悠陽ちゃんと話していると、どこからが不思議と元気が湧いてくる。



「ありがと、悠陽ちゃん」



「え……?何?」



意味深な私の言葉にはてなを浮かべる悠陽ちゃん。



昨日のことは恐ろしくて、まだ言えないけれど……



「ううん、何でもない。早く教室行こ?」



「そう?よし、なら行こいこ〜!」



登校してくる他の生徒の流れに乗りながら、校門をくぐった。





ほとんどの生徒が登校し、会話が飛び交いザワつく校内。



私たちはいつものように、教室へ向かい席についた。



まだホームルームまで時間があり、カバンを置いた悠陽ちゃんが私の元へとやってきた。



「今日、英語の小テストだよね…もう本当に嫌になるわ」



「……ん?」



なんか今、聞き捨てならないワードが……



「茉莉、まさかあんた」



「小テストなんかあったっけ……」



「はぁ」



案の定、悠陽ちゃんに深いため息をつかれてしまった。



「どうせ寝てたか、ぼーっとしてたんでしょ」と悠陽ちゃんにはお見通しだ。



せっかく1つ嫌なことを忘れようとしてたのに、一難去ってまた一難。



小テストのことで頭がいっぱいになってしまった。



どうやらテスト範囲は昨日までやっていた物語に出てきた英単語らしい。



数学よりは出来る教科ではあるけれど、決して得意ではない英語。



結果は目に見えているようなもの。



しかも1限目からというものだから、テンションも上がらない。



「はぁ」



次にため息をつくことになったのは私だった。




嫌なことというのは、何故か続いてしまうもの。



「キャーっ!」



毎度の如く上がる黄色い歓声。



その女の子達の声を聞くだけで何が起こっているのかすぐに察しがつく。



奴だ、奴が来た。



私を昨日から散々悩ませている、厄介で大嫌いなクラスメイトの登場だ。



「おっ、カッコイイ玲央くんが来たんじゃない?」



悠陽ちゃんも興味津々で、声のする方を見ている。



会いたくない、出来れば顔も合わせたくない。



昨日のあれがあった後、初めて顔を合わせる。



どんな顔をしたらいいの?



アイツはどんな反応をする?



「みんなおはよう」



近づいてきたのか、はっきり聞こえる結城くんの声。



お願いだから、何事もありませんように……



心からそう願ったその時だった。



「須藤さんもおはよう」



それはちょうど私の隣を通った時。



みんなに向ける笑顔のまま、初めて私の名前を呼んで挨拶をしてきた。



ただ、目だけは笑っていない。



「……おはようございます」



王子様と呼ばれる人に挨拶をされて返さないなんて、ファンの女の子にどんな目をされるかわからない。



結城くんと女の子からの恐怖を感じながら、小さく挨拶を返した。





私の前にいた悠陽ちゃんに食い気味に聞かれたのは、そのすぐ後のこと。



「ちょっと茉莉!いつから王子と仲良くなったわけ!?」



両手で肩をがっしり掴まれて、激しく揺らされる身体。



「ま、待って悠陽ちゃ……はな、話せない、からっ」



「あ、ごめん、茉莉。つい……」



テヘッと笑う悠陽ちゃんは反省しているのやらしていないのやら。



しかし、悠陽ちゃんが驚くのも無理はない。



あんなに嫌いだと言っていた結城くんと、会話こそ交わしてないものの、挨拶なんて初めてで、想像もしていないことだったから。



それに、女の子と絡んでいる結城くんだが、結城くん自身から女の子に話しかけている姿は滅多に見たことがない。



話しかけていることと言えば、本当に必要な業務連絡のようなもの。



「それで、どうなのよ!」



ダンっとまるで壁ドンかのような音を立てて、机に手を置く悠陽ちゃん。



まわりは結城くんに夢中だから、誰も見向きもしなかったけど、かなり大きい音がしたよ?



それだけ、気になってしょうがないのか、私の顔を覗き込んでくる。



「あの、その……仲良くはなってないよ」