「へっ?」
結城くんが、怒鳴った!?
あまりにも衝撃で、さっきまでうるうるとしていた目が一気に乾く。
「茉莉をどうしたってね」
悠陽ちゃんは、ニコッとして言った。
やっぱり、悠陽ちゃんの結城くんの声真似は全然似ていない。
「茉莉だってー。結城くんが茉莉って呼んだのよ?それだけでキュンキュンしちゃう!」
……さっきまでのしんみりとした空気はどこへ行ってしまったのか。
悠陽ちゃんはキャッキャと楽しんでいる。
その後は、王子ファンの子が私をどこかに閉じ込めるという噂を聞いたと証言し、それを聞いた結城くんは教室を飛び出していったという。
その後、悠陽ちゃんと大和くんも私を心配して探して回ってくれていたみたいだけど、途中で結城くんから大和くんに"見つけた。落ち着いたら、教室に戻る"と連絡があったらしい。
私の姿を見るまでは、不安で仕方がなかったみたいだけど、結城くんと一緒に戻ってきた私を見て安心したんだって。
「それにしても、無事でよかったよ」
「大和くんも、ありがとう」
「いいんだよ。俺も茉莉ちゃんのこと心配だったし……何より、レアな玲央が見れたよ。きっと今も、すごい事になってると思うよ?」
「……すごい事?」
大和くんと悠陽ちゃんは、目を合わせて笑っていた。
しばらくして、結城くんは清々しい顔をして帰ってきた。
「おー、玲央おかえり」
「ただいま。今かたつけてきた」
結城くんはそう言って、私の前にしゃがみ込んだ。
「……結城くん」
「もう大丈夫だから」
「っ」
結城くんは、いつもの偽物の笑顔なんかじゃなくて、自然な笑顔で私に微笑みかけた。
そんな笑顔に、私はただ赤面してしまう。
「みんなにも伝えとく。須藤さんは、僕の彼女だから。手出したらどうなっても知らないからね」
「なっ……!」
「ひゅ〜」
まさか、結城くんが大暴露するなんて思わなくて、思わず思考が停止する。
大和くんと悠陽ちゃんは、元から知っていたからかニコニコしているし、私はどうしたらいいか分からない。
「須藤さん、そういう事だから。もう僕は王子様でいるつもりないし、約束は無効でいいよね」
そういう問題じゃないけれど……
クラスにはがくりと肩を落とす女の子もいれば、結城くんが言うからと諦める女の子もいた。
「よかったね、茉莉」
「な、何がっ……!」
はれて?私は、結城くんの彼女(公認)になりました。
「ねぇ、茉莉ちゃんは?今日休み?」
朝のホームルームが終わったあと、大和が宮野さんにそう聞いた。
いつもはいるはずの須藤さんが、来ていない。
「あの……」
元気が取り柄なんじゃないかというほど明るい性格の宮野さんの様子がおかしい。
「茉莉の様子がおかしかったの。もしかしたら何かに巻き込まれてるかもしれない」
顔を真っ青にしてそう言った。
頭の中が真っ白になった。
授業中こそは、居眠りをしたり、集中してないんだろうという姿ばかりだけれど、サボることなんて見たことがない。
それに、一番仲がいいであろう宮野さんが、こんなに必死な顔でそう訴えているんだ。
これは、ただ事じゃない。
僕の直感が、そう言った。
詳しく聞いてみれば、今日の朝生徒玄関で須藤さんに会った時、何かを隠していたらしい。
念を押して聞いたけれど、須藤さんは「大丈夫」と言って通した。
でも、明らかに何かがおかしかった。
僕も何となく感じてはいたんだ、最近の須藤さんの様子。
見えない何かに怯えているようで、僕のことを避けようとしているように見えた。
須藤さんに避けられるのは、納得がいかなくて。
思い通りにはさせなかったけれど。
そんなただの僕のわがままが、そうさせていたなんて。
「茉莉をどうした!」
自分でも驚いた。
須藤さんのことで、こんなにモヤモヤしていても立ってもいられなくなったのは。
気づいたら、立ち上がって声を張り上げていた。
あまりにも突然叫ぶから、クラス中の注目が集まる。
そりゃそうだよね。
いつもは物静かな僕が、こんなにも憤っているんだから。
それでも自分は抑えられない。
するとクラスメイトの1人が小さな声で呟いた。
「もしかしたら……どこかに閉じ込められているかもしれない」
誰が、何処に……
そんなことを聞く前に、僕は教室を飛び出していた。
もうすぐ授業が始まるというのに。
そのすぐ後、大和と宮野さんも走ってやってきた。
須藤さんの事が心配だから一緒に探すと。
手分けをして校内中を探し回った。
何処にいるんだよ。
ひょこひょこ付いていくなんて、本当にキミって人はバカだ。
随分と探しているけれど、なかなか見つからない。
右手に握りしめているスマホからは、"見つかった"という連絡はまだ無い。
「茉莉!どこだよ!」
僕はとにかく必死だった。
ただ無我夢中で走り回る。
廊下は走ってはいけません。
小学生の頃から、言われ続けてきた校則だ。
でも、そんなこと守ってなんかいられない。
もし須藤さんに何かあったら、僕は……
「茉莉、返事しろよ。ったく、何のために携帯持ってんの」
うんともスンとも鳴らないスマホで、電話をかける。
その相手は、須藤さん。
呼び出す音は聞こえているんだから、電源は切られていない。
しかも、この近くからは音は聞こえない。
僕がたまに、ファンとかいう女集団から逃げる時に使っている北階段。
この辺には居ないか……
そう、諦めかけた時だった。
「結城くん!いるの?結城くんっ!!」
小さな……でもハッキリと届いた僕の名前を呼ぶ声。
聞き間違えるはずがない。
この数ヶ月、毎日側で聞いてきたんだから。
「……茉莉っ!?」
名前をもう1度呼ぶと、キミはまた僕の名前を呼んだ。
間違いない、須藤さんだ。
キミはこの近くにいる。
古い図書室。
その前を通りがかった時、その声は大きく聞こえた。
「キミ、そこにいるんだね?」
耳を澄ますと、間違いなく図書室の中から物音が聞こえた。
1度戸を引いてみても開かない。
そこには、外からしっかりと鍵をかけられていた。
その鍵を解除して、戸を開くと、キミはそこで小さく震えていた。
「うぅ、結城……くんっ」
「よかった。本当に、よかった」
……無事だった。
見たところ、直接身体に何かされた様子はない。
今も探し回っているであろう大和と宮野さんには、大和を通して"見つけた"と連絡を入れておいた。
安心したのか、その場で泣き崩れる須藤さん。
「ごめん……」
きっと、須藤さんがこんなことになってしまったのは僕のせいだ。
教室を飛び出す前、"もしかしたら……どこかに閉じ込められているかもしれない"そう言ったのは、いつも僕の周りにいた女の子だった。
ごめん、ごめん。
きっと許してなんかくれないかもしれない。
だって、キミは僕のことは嫌いだろう?
それでも、何とか許してもらえないかと……
気持ちが少しでも伝わらないかと。
何度も謝罪の言葉を口にして、何度もキミの背中を摩った。
「キミは思い出したくないだろうけどさ、キミをここに呼び出したのは誰?」
震えていたキミが、落ち着いてきた頃。
聞くのは申し訳ないと思ったけれど、問いかけた。
ムカつく。許せない。
僕の心の中はそんな気持ちでいっぱいだった。
「いつも教室まで来てる女の子達……」
「そっか、わかった」
キミは怯えながらも、小さな声でそう答えた。
その人たちには、心当たりがある。
いつも何かあるたび、僕のところに寄ってくる4人組。
きっとリーダー的存在何じゃないかと、雰囲気がそう語っていた。
「……茉莉っ!」
「悠陽ちゃんっ」
しばらくして、昼休みになり、須藤さんと一緒に教室へ戻った。
大和に"今から戻る"と連絡を入れてから。
須藤さんと宮野さんは、お互いの姿を見て抱き合いながら泣いていた。
それだけ不安だったんだろう。