第六話 優しさの矛先

無事にアメリカへとやって来た詩音
現地に着く頃には、すっかり夜になっていた

「えーと予約したホテルは、っと…」

スマホの地図を頼りにタクシーで向かう

「お、あったあった!

なんだ思ったより大きいし綺麗じゃない!」

着いた先はそこそこ有名な大きなホテル

早速チェックインを済ませ、部屋へと入る

「…聖に啖呵切った手前、ちゃんと連れ戻さなきゃいけないんだけど…

まず、瑠璃って何の病気だったの?」

肝心なことを聞き忘れていたが特に気にする様子もなく…

「ま、会ってから聞けばいいか」

深く考えないのが取り柄なポジティブガール

持ってきたノートパソコンを開き、情報収集を始める

「三年前に渡米した日本人は、っと…

うへぇ、そりゃ何万人といるよね…」

見たところ、やはり一筋縄ではいかないようだった

「聞き込みしようにも…これじゃあ本当、何年かかるか分かったもんじゃないわね」

ふぅ、と呆れながらため息をつく

それでもここまで来たらやるしかない

翌日から、詩音の瑠璃探しは始まった

「Excuse me(すみません)?」

街行く人たちに片っ端から声をかけて行った

「…だめだ、全然手がかりが無い」

一日中近隣を回って情報収集に取り掛かったが…

これといった情報は無く、一日が過ぎた

「まあまだ一日目だし、こんなものよね」

次の日も、その次の日も

詩音は必死で瑠璃を探した


ー…瑠璃を探し始めて二ヶ月が経った頃

詩音は、とあるバーに通うようになった

「…今日は何か、収穫はありましたか?」

バーテンダーのライアンがカウンター越しに詩音に話しかける

「…ゼロね。

分かってはいたけれど…先が見えないんじゃ、どうしようもないわ」

はあぁ…とカウンターに突っ伏す詩音

「君みたいな可愛い人にこんなに大事にされて、彼は幸せ者だね」

そう言って詩音にグラスを差し出す

「今日はいつにも増してお疲れみたいだから、甘くしておいたよ」

グラスの中のリキュールは淡いピンク色で、キラキラとしていた


…ライアンは今年で二十九歳になるため五つ年上

大人な雰囲気を持っていて、いつも落ち着いている

ダークブラウンのオールバックに

左に二つ煌めくシルバーのピアスと右には赤いピアスが一つ

全体的に顔・スタイルも整っているため、客評もかなり良いらしい

疲れた詩音は差し出されたリキュールを口に含み、まただらんと身体を預ける

そんな詩音の元に、もう一人バーテンダーがやって来る

「やぁ、詩音。調子はどうだい?」

「マシュー…この通り、ヘトヘトよ」

詩音の隣に座ったこの男はマシュー。

歳は二十六歳と詩音と歳も近いため、それなりに会話も弾む

ワックスで遊ばせた少し長めの黒髪から覗く青い瞳が美しい青年だった

「まだ例の幼馴染みは見つからないのかい?」

「二ヶ月探して手がかり一つも無し。

…本当、どこに行っちゃったのかしら」

盛大にため息をつく詩音

見兼ねたマシューが口を開いた

「…ねぇ、詩音?ちょっといい話があるんだけど聞かない?」

「…なに、また賭け事?」

ギャンブルが好きなマシューからは、何度もカジノ等への話があった

しかし目的以外のことに興味が無い詩音はあっさりと断り続けた

「違う違う!確かにギャンブルも魅力的だけども!

…実は知り合いに探偵がいてね、下手に一人で探し回るより効率が良いかなって」

「探偵?…何でもっと早く教えてくれなかったのよ」

むぅ…と頬を膨らませる詩音

「あはは、ごめんごめん!
それじゃあ僕の方から連絡を取っておくよ

明日にでも、掛け合ってくれると思うからさ」

そう言ってマシューはどこかに電話をかける

「…あぁ、僕。
実は君に依頼したいって子がいて…そう、例の探し人の事なんだ

…うん、分かった。それじゃあ」

プツン、と電話を切ったマシューは詩音にグッドサイン

「明日の午前十時、向かいのカフェに来てくれるそうだ」

「え、もう約束取り付けたの?!」

まだ任せるとは言ってないのに…

あっけらかんとする詩音を横目に、あっさりと決まってしまった

「マシュー、彼女をあまり困らせてはいけないよ」

目の前で全てを見ていたライアンが呆れた表情で諭す

「大丈夫!彼は僕の古い友人なんだ。
信用してくれて構わないよ」

どうしよう…物凄く不安。

不安がる詩音を見兼ねて、ライアンが口を開く

「初めてなんだから、詩音も不安だろう。
明日の朝だろう?僕が同行しよう」

「ほ…ほんとに?!」

「あぁ。可愛い君を危険な目に合わせるわけにはいかないからね」

ぱちんとウインクするライアン

「もー、だから危なくないってば〜」

口を尖らせるマシューに眉を下げてライアンが笑いかける

「お前を信用していないわけじゃない。

ただ、慣れない環境で不安な上にさらに不安が重なるのは酷だろう
詩音は僕にとっても特別な人だからさ」

「…もう、分かったよ〜」

渋々了承したマシューは店の奥へと消えた

「…ごめんね詩音。迷惑だったかい?」

「ぜ、全然!
むしろライアンが居てくれるなら心強いわ!」

感謝してもしきれない…

「それじゃあ明日、向かいのカフェで待ってるよ」

ライアンと約束を交わし、店を出る

滞在しているホテルに戻った詩音はいつものようにノートパソコンを開く

「人に頼りっぱなしじゃだめだよね…私も、頑張らなくちゃ!」

この頃詩音は、ある掲示板に書き込むようになっていた

ツールは、人探しのものだった

行方不明者など、そこには何千何万人という人の情報が入っている

そこに瑠璃の情報を入力し、少しでも情報提供が無いかと少しの可能性にかけていた

「…あれ、何かメールがきてる…?」

一件だけきていたメールを開く

「……え?」

メールの内容は、意外なものだった

“あなたの探し人、拝見しました

もしかしすると、うちに居る子がその子かもしれません

掲示板にあった写真とよく似ていて、現在はカリフォルニアにいます

もしもお力になれることがあれば、是非こちらにいらして下さると幸いです”

「…カリフォルニア?」

ニューヨークに滞在している詩音と情報提供者はカリフォルニア

「真反対じゃん…」

唖然とする詩音は背伸びをするように画面から仰け反る

「…」

まさか瑠璃、そんな所まで…?

瑠璃の真意が分からず混乱する詩音

「…とりあえず明日、ライアンと話だけでも聞きに行きましょう」

メールをくれた人に詳しい詳細が欲しいと返信をして、詩音は眠りについた


「…」

詩音は、夢をみていた

『詩音ちゃん、待ってよ〜!』

『もう、瑠璃ってば遅い!早くしないと置いていかれるじゃん!』

『そんな事言っても…僕もう疲れたよぉ』

泣きべそをかきながら詩音の後をのろのろと付いて行く幼い瑠璃

小学校が地元になく、隣町の小学校に通っていた二人の通学はバス

乗り遅れると、確実に遅刻ルートだった

『…っ、もう!じれったいわね!
瑠璃!ランドセル詩音に貸して!』

バッ!と瑠璃からランドセルを取り、再び走り始める

『し、詩音ちゃん…!!』

『ほら、これで走れるでしょ?早く早く!!』

幼い日の、詩音の記憶だった

そしてそれは次第に流れ、二人が中学生の時のものに変わる

『も〜…瑠璃、いい加減にしないと本当置いて行くわよ?』

駆け足のまま後ろを振り返る詩音

『し、詩音ちゃん…流石…陸上部のエースだね…』

ぜーはー息を切らして何とか付いて行く瑠璃

『天文学部の部長さんはもう少し体力が必要みたいだけどねー』

嫌味っぽく舌を出し、前に進む詩音

『も…もう走れない…!』

『ったく、情けないなぁもう!ほら、鞄貸しなさい!』

結局大きくなっても二人は相変わらず

男前な詩音と頼りない瑠璃

それでも二人は、いつも一緒だった…


「…ん……」

スマホのアラームで目が覚めた詩音

「…ゆめ、か…」

懐かしい、詩音にとって大切な思い出だった

「…もっと、ちゃんと連絡取っておくべきだったな」

仕事があれよあれよと忙しくなり疎遠になった瑠璃

きっと、寂しかっただろうな…

周りに友達はたくさん居たけれど、きっと自分の悩みを相談出来るようなタイプじゃなかった瑠璃

唯一の支えが、詩音だったから。

「…見つけたら、たくさん話しなきゃね」

自分に言い聞かせ、身支度を始めた


「…」

暫くして、詩音の手が止まる

「…瑠璃、本当にどうして……」

今まで明るく振舞ってきたものの、既に心が折れそうになっていた詩音

「…もしかして、私たちから遠ざかりたかったのかな」

そう考えると、迷惑なのかも…と珍しくへこむ詩音

「私、余計な事してるのかな…」

そんな時、詩音のスマホが鳴る

「……はい」

電話に出た詩音の声は、とても小さかった

『あぁ…詩音、おはよう。僕だ』

電話の主は、ライアンだった

「おはよう。…ごめんなさい、今ちょっと考え事をしていたから…」

声の調子が良くなくて、と苦笑い

ライアンはすぐに声色を変え、電話越しでも分かるほどの迫りを感じた

『詩音、大丈夫かい?!
あぁ、無理だけはしないでくれよ?

今日の事も、嫌なら今でも断ってくれて構わない。マシューが勝手に取り決めたものなのだから。それから…』

あわあわと珍しく慌てるライアンが何だかおかしくて、詩音はくすくすと笑い出す

『し、詩音…?』

ライアンはきっと、電話越しに赤面しているだろう

「ライアンって、意外と可愛いのね」

詩音の言葉に返せないライアン

『…っ、大人をからかうのはよしてくれ、詩音

それだけ元気なら、大丈夫そうだな。
どうする、君の滞在するホテルまで僕が迎えに行こうか?』

ライアンが、来てくれることになった


数十分後、ライアンがやって来た

「やぁ、詩音!…うん、顔色も良さそうだし、大丈夫そうだな」

「ふふっ、可愛いライアンのおかげよ?
今日はよろしくね」

ライアンと握手を交わし、ライアンの車に乗り込む

「…緊張しているのかい?」

運転するライアンの横顔はとても様になっていて、思わず見惚れてしまう

「…少しだけ、ね」

ふい、と車窓の外に視線を移す詩音

「今日も可愛いね、詩音」

詩音の頬にライアンの長い指がつたり、何だかくすぐったい

「…もうっ、そうやって今まで何人の女の子を口説いてきたんだか!」

照れ隠しのように言い返す

「…僕は、自分の惚れた女性しか口説かない主義だからね

そんな沢山の人には言わないよ」

「まあ、紳士だこと」

わざとらしく茶目っ気たっぷりに言う

「…そろそろ着くよ、いいかい?詩音」

「…えぇ」

目的地に着き、車から降りる

「大丈夫、僕がいるから」

スッと腕を出したライアンの腕に掴まり、カフェに入った