第五話 多忙なドクター
「先生!次の患者さんお願いします!」
「はーい」
診察室でペラペラとカルテをめくりながら返事をする
「次の方、どうぞ〜」
頭の後ろで綺麗にお団子を作った詩音は今年、二十四歳になった
無事に医師免許を取得した詩音は地元の病院に勤務が決まり、かれこれ三年目になる
「今日はどうされましたか?」
「なんだか腰が痛くて…」
どこの科へ行きたいか、とりあえずの希望が無かった詩音は外来でドクターをしていた
「それじゃあとりあえず、検査してみましょうか
お話をお聞きしただけでは分からないこともあるので」
「はい、お願いします」
「坂口さーん!お願いしまーす」
奥で別の作業をしていた看護師に声をかける
「それではこちらにどうぞ」
看護師の坂口さんが患者さんを誘導し、診察室で再び一人になる
とそこへ、ガチャ…と開いたドアの向こうから一人の女性が入ってくる
「…ちょっと、いつもノックくらいしてくださいって言ってるじゃないですか」
「あら、いいじゃない
私とあなたと仲でしょう?」
入ってきた女性は楽しそうに笑う
「深山先生、お昼は行ったの?
今日は患者さんが多いといえ、しっかり休憩は取らなきゃダメよ」
女性は詩音に持ってきたコーヒーの缶を手渡す
「…っていうか、二人の時に敬語使い合うっていうのもおかしいわよ」
詩音がくだけて言うと、女性も笑う
「そうね。…姉妹なのに敬語だなんて、私たちも大人になったものだわ」
彼女は深山歩乃華(みやま ほのか)。
姉妹、といっても詩音と歩乃華の血は繋がっていない
亡くなった詩音の父親が多恵と結婚する前に別れた妻との間の子
それが歩乃華
いわゆる、異母姉妹というわけだ
「聖は元気?」
歩乃華と血は繋がっていないものの、聖は歩乃華にとっての弟でもある
「んー、多分?
この間久しぶりに帰ったら黙々と勉強してて」
「あの聖が?…珍しい事もあるのね」
何度か聖に会ったことのある歩乃華は楽しそうに笑う
「何か理学療法士を目指してるらしくて。
…いずれ、私たちと同じ場所に来るかもね」
「そうなれば楽しくなりそうねぇ」
歩乃華が嬉しそうに笑う
「…お義母さんは、元気?」
歩乃華は早くに母親をも亡くしているため、多恵が時々様子を見に行ったりしていた
「そうね…元気よ」
「お義母さん、本当によくしてくれるから…私も助かってるの」
本当の親子で無いとはいえ、早くに両親を亡くしている歩乃華の心の拠り所は多恵だった
「詩音や聖に気を使ってあまり会わないようにしていたのだけれど…
お義母さんは、全部分かってた」
祖父母も病気をして身寄りが無かった歩乃華
心細かったけれど、多恵の支えで何とかここまで来れたのだった
「お母さんは、歩乃華も自分の娘って思ってるからね」
貰ったコーヒーの缶をプシュッと開ける
「嬉しいわ。…あなたからも、お義母さんからもそう言ってもらえて」
歩乃華も缶を開ける
「当たり前じゃない。
聖は男きょうだいだけど…歩乃華は私のたった一人の、女姉妹なんだから」
ニカッと笑う詩音が眩しがった
「それで?歩乃華は今日もこれからオペ?」
「えぇ。今日は三件ほどこの後入ってるわ」
「うへぇ…三件も一日にするの?」
「ふふっ、忙しい時は大体そんなもんよ」
苦い顔をする詩音に笑いかける
「そっかぁ…大変そうだけど、頑張ってね」
詩音がヒョイっと飴玉を投げる
「私の好きなピーチじゃない。
ありがたく頂くわ」
そう言って、歩乃華は診察室を出た
「ほんっと、苦労の耐えない人だこと…」
ふぅ、と息をついた詩音は息をつく
「今度帰るとき、歩乃華も誘ってみんなでご飯にでも行こうかな」
先のことを計画しつつ、詩音の頬は緩んでいた
その夜
「ねーちゃん、いる?」
珍しく、一人暮らししている詩音の家に聖がやって来た
「あら、珍しいじゃない。あんたが来るなんて…
まあ上がっていきなさいよ」
聖を家にあげ、ソファに座らせる
「それで?何かあったの?」
炭酸のペットボトルを聖に手渡し、向かいのソファに座る
「…ねーちゃん、瑠璃兄に最近会った?」
「え、瑠璃?…いや、最後に会ったのは成人式くらいだし…かれこれ四年くらい、会ってないけど…」
突然懐かしい幼馴染みの名前を出され、嫌な予感がする
「…瑠璃に、何かあったの?」
ここ数年仕事がとても忙しく、まともに実家にも帰れていない詩音
瑠璃とも疎遠になって、連絡も取っていなかった
「何かあったっていうか…」
聖の言葉に、目を見開く
「…瑠璃兄、三年くらい前に消えたんだ」
「…きえ、た…?」
瑠璃が、消えた…?
信じられなくて、何度も聖の肩を揺する
「ど…どういう事?!瑠璃が消えた?!
…っ、しかも三年前って…なんでその時に言ってくれなかったのよ?!!」
取り乱した詩音が必死に聖に迫る
「ちょ…ねーちゃん落ち着いて!
瑠璃兄が居なくなったのは、今までにも何回かあったんだって!」
「…どういう事よ」
少し冷静さを取り戻した詩音は聖から離れる
「…ねーちゃんが寮に入った後から、ちょくちょく家出みたいな事繰り返してたらしくて。
おばさんも心配してたんだけど…長くても一週間くらいでいつも帰ってきてたから、もう放っておいていいからっておばさんに言われて」
「…」
「…流石に心配になったおばさんが居なくなってから一ヶ月過ぎたくらいに警察に捜索願を出したんだ」
「瑠璃は、見つかったの…?」
聖がうん、と小さく頷く
「だけど、何だか様子がおかしくて。
…おばさんと瑠璃兄、その後一緒に病院に行ったんだ
そしたら…」
「…そしたら?」
「…瑠璃兄、病気っていうか…まぁ、発覚して」
「…今は、何処にいるのか分からないの?」
ふるふると首を横に振る聖
「…単身でアメリカに行った所までは知ってるけど…そこからは、知らない」
「ア、アメリカ?!」
突拍子もない話に目を丸くする
「俺まだ学生だし、探しに行こうにも探しに行けなくて。
だけど、瑠璃兄には昔から勉強教えてもらったりお世話になったし…もう頼れるの、ねーちゃんしか居なくて」
ギュッと膝の上で拳を握りしめ、辛そうな顔をする聖
「…そんな事があったの」
パッとソファから立ち上がり、部屋の窓から外を眺める
今夜は満月の前日で、夜景と綺麗に夜空に光が映える
「…私、探しに行くよ」
「!
でもねーちゃん、仕事があるんじゃ…」
「うちの病院、腕利きの医者が沢山いるし…暫くは大丈夫」
それに、と付け加える
「普段私にお願いとかしてこない聖が初めてお願いしてきたんだもの
お姉ちゃん、頑張らなきゃ」
聖の肩に優しく手を置き、微笑む
「そうと決まれば明日には出発するわ!
お母さん達に、よろしくね」
「…ねーちゃんは相変わらずだな」
昔からすると言ったことは聞かなくて。
誰がどう否定しようが自分の納得のいくまでやり遂げる
そんな姉だった
「私も瑠璃の事は心配だし。
アメリカって広いからな〜…何ヶ月探せば見つかるかな?」
笑ってみせるものの、少し不安があった
「まあでも、気長に待ってて。
瑠璃は必ず、私が連れて帰ってくる」
その日、日が昇るまで聖とたくさんの話をした詩音
聖が帰った後、早速向かう準備をして家を出る
「…歩乃華にも連絡しとこうかな」
病院の方には既に連絡を入れており、しばらくの間休暇を貰うという形で渡米する事にした
「…あ、もしもし歩乃華?」
家を出る直前、玄関に座り込み歩乃華に電話をかけた
『珍しいわね、詩音から電話があるなんて
…どうしたの?』
「急なんだけどさ〜、私今からアメリカに行こうと思って」
『…それはまた急な話ね。何をしに行くの?』
一瞬間を置いて、歩乃華が言う
「…幼馴染みが消えたらしくて。
本人の親とかお母さんは探さなくていいって言ってるみたいなんだけど…やっぱりジッとしていられなくて」
詩音の言葉を聞いた歩乃華が楽しそうに笑い
『あなたらしいわね』
そう言った
『その幼馴染み、見つかるあてはあるの?』
「それがなーんにもなくて…
まだでも、何とかなるかなって!」
あっけらかんとして笑う詩音
『…無事に帰って来なさいよ、詩音』
少し声を低くした歩乃華がはっきりと言う
「もちろん!
…連れて帰ってきたら、歩乃華もみんなと一緒にご飯に行きましょ?
きっと楽しいわ!」
わくわくしながら言う詩音に微笑ましく了承する歩乃華
『こっちでも何かあったら連絡するわ』
それじゃ、気をつけて
そう言って電話を切る
「…それじゃ、行きますか!」
赤い大きなキャリーバッグを手に、空港へと向かった