第三話 カウントダウン

あれからほどなくして、

詩音は見事、県内トップクラスの医療系の専門学校への合格を掴んだ

「詩音すごい!お医者さんなんてなれないよ」

「頑張ってね、詩音!」

紗季と絢音が飛び跳ねて喜ぶ中

当の本人である詩音は何故か浮かない顔をしていた

「でも…その割にはあんまり嬉しそうな顔してないわね、詩音?」

絢音の問いに、苦笑いを浮かべる

「あの学校、全寮制で。

…家に聖とお母さん残していくのが不安っていうか」

「あー、何となく分かるかも」

紗季もこの春から県外の美容系の専門学校への進学が決まって

一人暮らしを始めるため、詩音の気持ちが何となく分かった

「私は県内の大学だからな〜
自宅通いは変わんないんだよね」

絢音は県内有数の進学校に進学が決まっている

「そういえば、瑠璃くんはどうなったの?」

紗季がチラッと前の方の自分の席についている瑠璃を見る

「瑠璃は…地元の高校を選んだみたい」

家から近いから

そんな理由で決めたと聞いたが…

瑠璃にもきっと、何かしらの考えがあるのだろう

合格が決まった時、瑠璃も嬉しそうな顔をしていた

「これからお互い進路は分かれちゃうけど…また定期的に会おうね!」

紗季が目に涙を浮かべながらそう言ったので、絢音も詩音も泣きそうになった


月日はあっという間に流れ、いよいよ明日が卒業式という日

前日ということで、三年生は学校の大掃除

三年間お世話になった校舎に恩返し

そんな意味もあるらしい

「でも掃除なんて面倒だよ〜」

紗季がほうきに顎をついて項垂れる

「こら紗季〜?こうやってみんなで掃除出来るのも今日が最後なんだから、最後くらいちゃんとしなさいよね」

絢音が黒板消しを窓の外ではたきながら言う

「も〜最後とか言わないでよぉ…」

じわぁと涙目になる紗季

「やだやだやだ!
絢音にも詩音にも当分会えなくなるじゃん!!やだ寂しい!!!」

思わず泣き出す紗季

「紗季ってば…もう、仕方ないなぁ」

よしよし、と詩音は紗季の頭を撫でる

「夏休み、絶対帰って来なよ?
私も彩音もここで待ってるからさ」

「し、詩音〜」

それを聞いていた周りの生徒も、少ししんみりとしていた


「瑠璃〜!」

中庭の掃除をしていた瑠璃に、一人の男子生徒が話しかけてくる

「お前、地元の高校にしたんだってな」

「家から近いし、僕よく寝坊しちゃうからいいかな〜って」

「お前頭良いのに、もったいねえよなぁ」

ぞうきんを持った男子が窓を拭き始める

「詩音は、同じところに行かなかったんだな」

ふと、そんなことを言われる

「詩音ちゃんは…お医者さんになるから」

「え、あいつ医者になんの?!」

驚いた顔で瑠璃を見る

「詩音ちゃん、優しいから」

ふふっと笑う瑠璃

「…前から思ってたんだけどさ、」

「んー?」

「瑠璃、たまに女に見える」

「え…」

「ほら、袖のとこ。萌え袖って言うの?それしてたり…

何か、仕草が女だなぁって思う時がたまにある」

「そうかな〜」

今まであまり意識していなかった分、首を傾げる瑠璃

詩音とずっと一緒に居たからだろうか

…いや、

でも詩音は周りの女子に比べると女の子要素が少ない

どちらかといえば男前な方だった

「…」

「あ、いや悪い意味で言ったんじゃないぞ?
最近“かわいい系男子”も流行ってるみたいだしさ」

考え込む瑠璃に慌てて訂正する

「ふーん…」

妙にその言葉が引っかかり、瑠璃はその日ずっとそれを考えていた


「ただいまー…」

帰宅した瑠璃は部屋の電気をつける

「…あ、そうか。今日もまた夜勤って言ってたっけ…」

看護師の母親は相変わらず忙しく、家に居る方が少なかった

「…」

ふと、リビングにあるコルクボードに目をやる

そこには、沢山の写真が貼ってあって…

そのどれもに、詩音が映っていた

「女の子みたい、か…」

確かに瑠璃は昔から、可愛いものが好きだった

部屋にはぬいぐるみが沢山あるし、

服だって明るい色やパステルカラーが多い

スキンケアだって欠かさないし髪はいつもさらさら

「…確かに、女の子みたいかも」

自分を振り返ってため息をつく

物心ついた時から、何となく女の子っぽいものに引かれた

“かっこいいもの”より“かわいいもの”に惹かれ

戦隊ものやヒーローになんて全く興味無かった

「変わらなくちゃだめ、かな」

男らしくない自分に少しだけ嫌悪感を感じた

同時に、今までの自分が何だったのか、分からなくなった


どんなに悩んだり迷っても、朝はやってくる

いつものように詩音が瑠璃を起こしに来て帰る

「こうやって起こしてもらうのも…今日が最後か」

ぽつりと呟き、部屋を出る

「…あれ、今日は瑠璃が早い」

ぽかーんとした顔の詩音

身支度を整えた詩音が玄関のドアを開けると、既に支度を済ませた瑠璃が立っていた

「卒業式だし、せめて最後くらいはちゃんとしなきゃと思ってさ」

「最後だけってどういうことよ」

詩音も笑いながらゆっくりと歩き出す

「…ここも、こうやって二人で歩くの最後だね」

桜の並木道を歩きながら瑠璃が呟く

「寂しくなるなぁ…瑠璃は春からもここを通るんだろうけどさ」

「通学路は変わらないからね

…隣に詩音ちゃんが居ないのは寂しいけどさ」

「寝坊したりしないでよ〜?
あ、聖に瑠璃を起こしてって頼んどこうか!」

「流石にそれは気が引けるよ〜」

「私には気が引けないってこと?!」

「じ、冗談だって!」

「瑠璃〜!!」

パタパタと、結局いつものように駆けて行くように学校へと向かった


そして式が終わり、詩音と瑠璃は屋上に来ていた

「これで義務教育も終わりかぁ…
なんだか、しんみりしちゃうね」

春の暖かい風に吹かれながら、詩音が呟く

「…高校生になっても、頑張ってね」

「何言ってんの!瑠璃も頑張るんだよ?」

目が潤む詩音

「…詩音ちゃん、これ」

瑠璃が詩音に差し出したのは、綺麗なとんぼ玉で出来たキーホルダーだった

「綺麗!…って、これもしかして瑠璃が作ったの?!」

「うん。…僕、あんまり手先が器用じゃないからあんまり上手く作れなかったけど…」

手作り感溢れるそのキーホルダーは

詩音には、見覚えがあった

「これもしかして…私が昔、瑠璃にあげたビーズのキーホルダー真似た?」

「あ、分かっちゃった?そう、これこれ…」

そう言って瑠璃はポケットから同じくらいのサイズのキーホルダーを出す

「随分と前だけど…詩音ちゃん、僕と一緒に落としたキーホルダー、探してくれたでしょ?

これを探してたんだ」

大きさは整っておらず、所々に大きなビーズが入っているいびつなキーホルダー

それでも、瑠璃にとってはこれが一番のお守りのようなものだった

「…そんなに、大切にしてくれてたんだ。それ」

「そりゃあそうだよ

だって、詩音ちゃんから貰った初めてのプレゼントなんだもん」

ギュッとそれを握りしめ、そのまま胸に手を置く

「離れてても、詩音ちゃんが頑張ってるなら…僕も頑張らなくちゃなって、思うから」

なにか吹っ切れたように、瑠璃は笑顔を見せた

「…ちゃんとご飯、食べてね?」

「うん」

「寝坊とか…しないようにね?」

「うん…」

「たくさん思い出作って…夢、見つけてね」

「…うん」

「それから…それから……」

言いたいことはたくさんあるのに

涙が邪魔して、

心がぐちゃぐちゃで。

お互いに涙が溢れて、その場に座り込む

「…ほんとは、寂しいよ…瑠璃やみんなと…離れたく、ない…」

初めて、詩音が本音を漏らした時だった

「本当なら…近くの医療系の学校に入るつもりだった…
だけど、パパもういないから…全寮制の学校に行くしか、道が無かった…」

詩音は端から進路を早々に決め、志望校も固めていた

しかし突然の不運で父親を無くし、思っていた学校を受験出来ず…

結局、遠く離れた学校への進学を余儀なくされたのだった

「ねぇ、瑠璃…私、このままここを離れたら…いつかみんなに忘れられちゃうのかな…」

ずっと、ずっとみんなと育ってきたこの街

一人離れるのは…とても辛かった

「…どんなに離れていても、毎日必ず連絡する

詩音ちゃんが寂しくならないように、僕がちゃんと、覚えてる」

「…本当に?」

「本当に。…僕じゃ、頼りない?」

そう言って、詩音の顔を覗き込む瑠璃

「…瑠璃のくせに、生意気よ」

詩音は、笑っていた