第十一話 それでも僕は…
「詩音、入るね」
ホテルにいた詩音の部屋に、ライアンが入ってくる
「喉は乾いてない?美味しい紅茶持ってきたんだけど…」
そう言って、可愛らしいティーセットを手に笑顔のライアン
「そうね…丁度いい時間だし、お茶にしましょうか」
時刻は午前十時
昨日の出来事を語りつつ、紅茶を飲んだ
「本当、驚きが隠せないの
…今でも少し、信じられない部分があって」
「まあ…あまり見ないからね
お客さんでもたまにいたけど…こうして関わると、何だか不思議だね」
一緒に持ってきていたクッキーを頬張る
「それにしても…本当、どうしたものかしら」
瑠璃、本当に日本に帰ってくるのかしら?
「…信用してないわけじゃないの
だけど必ず帰ってくるだなんて保証、どこにもないじゃない」
不安げな詩音の表情が紅茶の水面に映る
「…でも君だからこそ、彼も話したんじゃないかな」
「私だから、こそ?」
「普通、ああいう告白ってすごく勇気がいる事だと思うんだ
見境なく周りに軽々しく言えることじゃないってことだよ」
軽々しく…
「詩音、君は彼に信用されているんだよ」
「私が…」
瑠璃に、信用されてる?
「でも私…瑠璃に何もしてあげられてなかった…」
過去を思い出しても、結局はほとんどが自己満足のように思えてならない
「…詩音はそう思っているかもしれない
だけど、彼にとって詩音はとても大きな存在だった。違う?」
「ライアン…」
「色々と整理がつかないこともあるだろう
だけど大丈夫。君は一人じゃないんだ
僕がいる」
彼の力強い言葉に、詩音はある決意をした
翌朝
まだ日が昇りきらない頃、詩音はシュウをある場所へと呼び出した
「ふあぁ…ねむ……」
橋の上から眺める景色は朝焼けの空が美しく輝いていた
「お待たせ、詩音ちゃん」
しばらくそれを眺めていると、後ろから聞き慣れた声がした
「…聞き慣れてるはずなのに、何だか新鮮だね」
詩音が振り返ると、白いTシャツにジーンズとラフな格好をしたシュウがいた
「…それで?僕に用事ってなに」
「…あのね、私…あれから色々考えて。
瑠璃には瑠璃の人生があるのに…私、本当に自分の事しか考えてなくて」
“シュウ”では無く、“瑠璃”として、本当はずっとそばにいて欲しかった
「仕事仕事って何年もあなたを放ったらかしにして…本当、幼馴染みなんて言える立場じゃないよね」
苦笑いしながらシュウに笑いかける
「でもね、わかったの」
「…?」
小さく息を吸い込み、詩音は告げる
「…“シュウ”、私日本に帰るわ」
「…っ、!!」
名前を呼ばれた途端、シュウは目を見開く
「あなただってもう立派な大人だし、私がいちいち干渉する必要も無かったの
…最も、あなたにはあなたなりの理由があってここにいるんだもの
私にどうこうする権利なんて無いわ」
「詩音ちゃ…」
言いかけたシュウを遮る
「私ね…小さい時からずっと、“瑠璃”の事が好きだったの」
「!」
「…ただの幼馴染みとしか、見られてなかったかもしれない
でも私は…あなたの事が、本当に大好きだった」
詩音の頬に、涙が伝う
「本当の自分を見つけてあなたが帰国してくる日を、日本で待ってる」
涙をぬぐい、そう笑いかけた詩音
「…」
「それじゃ、もう行くね
朝早くから呼び出してごめんね」
詩音が踵を返そうとしたー…
その時
「待って」
パシッ。
シュウが詩音の腕を掴んだ
「…なに?」
詩音は振り返らない
「…いつ、帰るの」
「そうねぇ…早くて明日?」
「あ、明日?!」
急な話に目を見開くシュウ
「…そうだった。
君は昔から思い立ったらすぐ行動するタイプだったね」
「気が変わると厄介なのよ
…無駄にぐるぐる考えるのは好きじゃないの」
詩音はまだ振り向かない
「…なんで、こっち向いてくれないの」
シュウが詩音に回り込む
「…っ、!!」
「…っ……!」
詩音は、大粒の涙を流していた
「…っ、どうし、て…」
「…本当は…意地でもあんたを連れて帰るつもりだった…
どんなに拒否されても、向こうで待ってるみんながいるから…」
でも…
「苦しんでるあんた見たら…そんな事、言えなくなっちゃったじゃない!」
涙が混じり、上手く言葉にならない詩音
「私だって本当は…本当は…!」
そこまで口にし、ふるふると首を横に振る
「…」
「…元気でね、シュウ」
出来る限り精一杯の笑顔をつくり、その場を後にした
「…」
シュウは先程まで詩音が見ていた位置まで足を進め、周りの景色を眺めた
「…本当、敵わないや」
ふっと小さく笑い、空を仰ぐ
「…ありがとう、詩音ちゃん」
シュウの声は空へと吸い込まれた