三日月 ~キミの瞳にうつるのは ~

「どけー、この女ぁー‼」

爆音のようにその声が頭のなかでこだまする。

俺は父さんの狂ったような声や、

人間を切り刻む生々しい音に

取り戻しかけていた冷静さを再び失った。


「い、痛いよぉ。」

ミチルの苦しみ、もがく顔が俺の脳内に深く刻み込まれていく。






何が起こったのかを理解できないまま、

時のなり行きに身をまかせていると、

俺は集中治療室の前でミチルの両親に

土下座をして朝を迎えていた。

普段はどんなに孤独を感じても決して

流さなかった涙が留めなく溢れていた。









何が起こっているのだろうか?

いくら、偏差値が76あるこの脳を

フル稼働させても、その答えは見えてこなかった。











普段、冷静な俺がこんな状況に陥って

しまったのは、すべて

あの男が原因だ。

それだけはハッキリと理解ができた。








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「あぁ~。よく寝た。

あれ?私の部屋って薬のにおいしたかな?」

少しの違和感に目を覚ます。

情報量があまりにもすくないから、

自然と周りの様子を確かめるため、

身体を起こそうとする。

「ってか、背中痛いっつ。」

言うならば、足がつって起こされる朝みたいに

痛みがじわじわと残った。

「あぁーもう、何なのよ」




普段より数倍も重い身体を再びベットに

埋める。

「あれ?これ、私のベットじゃない!」

そこは以前、祖母のお見舞いで来た

白づくめの部屋に酷似していた。

「……ここは、病院?どうして私はここにいるの?」

ひとつひとつ理解していこうとしたが、

頭が割れそうで、自然と涙が出てきそうだ。

まるで何か大切なモノを忘れているようで……



これっていわゆる記憶喪失なのかな?




辛い現実から目をそらすために、

窓の外に目をやる。



















「カケル?」

窓の外から景色を確かめようと思ったが、


ベットの横の小さなイス……

そこには腕を組んだまま眠っているカケルがいた。


お世辞にも、整っているとは言えない顔。

日焼け跡、少しだけ長いまつげ、血色の悪い唇……

カケルの顔のすべてが私を掻き立て、

ただただ、愛おしい。

一晩中、一緒にいてくれたのかな?

カケルの髪や服の乱れ具合からすると

そうだろうなと推理して、勝手に胸が苦しくなる。

だが、心の奥底に悲しい出来事を閉じ込めて、

無知なふりをする。


私は本当に何も知らないのではないかと

自分自身を閉じ込め、そんな錯覚に陥る。



ふと、考えが浮かんだ。

声を出してみよう。








「どうしてこんなところにいるんだろう?」

口に出してしまえば、頭の中で整理がつき、

この状況を少しは理解できるかもしれないと思ったのだ。


「もしかして、カケルが入院してるとこを

私がベットを占領していたりして……」

開いた口は止まらないで、動き続けていた。


それは彼の眠りを覚ますようだった。



にこっと笑ってみる。

それでも、記憶は変わらない。


いつものように、嫌いなものから逃げたいのに、

私は金縛りにあったかのように

一部分がカケた記憶

という設定に身体を縛られているのだ。








「ねぇ、カケル?」

どうしようもなくて、気付いたときにはそう嘆いていた。

ピクッとカケルの眉間にしわが寄った。


「ミチル?お前、目を覚ましたのか?」







カケルの三日月の目が開かれていた。