ガラスの心に気づいたなら 〜 1

仕事に育児。

本当だったら高校で青春して、大学行って、好きな仕事をしたかった。


「ゆうにい!あえが保育園!」あーたんが前方を指差す。

「あーたんかわいいね。」そう話している二人の後ろ姿は親子そのもので…


泣きたかった。


何不自由なく暮らさせてあげてるなんて嘘。


あーたんは普通の子供みたいに生きれない。


幸せになれない…



「いってきまあちゅ!」



保育園のスモックすら着ていないあーたんを無言で見送った。


荷物、ホテルにまだあるかな…


「月島さん、どうかした?」優也が顔を覗き込んできた。


サラサラの黒い髪が朝日を帯びてキラキラと光っている。

それでも、眼鏡の奥にある瞳は光っていなかった。


わたしは首を振る。


「そっか…。なんか、悲しそうな顔してたから。」
わたしはゆっくりと顔を上げた。風で髪が頬にかかる。

康介と同じシャンプーの香りがする。

わたしを見る優也の瞳は何故か揺れていて、痛みをこらえているような表情をしている。

優也はたまに、こうやって悲しそうな顔をする。

康介みたいに素直じゃなくて、
翔太みたいに熱くなくて、
わたしみたいに冷たくない。

わたしはそんな優也が好きだ。

恋愛感情じゃないけど、守りたくなる。

あーたんとばあちゃん以外、守りたいと思った人はいなかった。
優也は、きっと悲しい人だ。



悲しいけど、優しい人。




そして本当は、きっとすごく寂しがり屋だ。



きっと誰かを愛したいと思っている。




愛されたいと感じている。





そう思ってるような気がした。
「ただいま。」

そう言ってアパートの部屋に足を踏み入れる。

ただいま、なんて、ばあちゃんが死んでから初めて口にした。

「おっ、おかえりー!」

そう言って笑顔で出迎えてくれるのは、わたしの家族…?になったらしき男、有馬康介。

具体的に何か変わったというわけではないが、この家に住ませてくれるようだ。

「ああー、もー、玲奈にこの家の住人になってほしくねーんだけど。」

そう駄々をこねるのは、ソファで寝そべるヤンキー、翔太。


でも、なんだかんだ言って、翔太はわたしを追い出してはこない。

それに翔太の女に絡まれた日から、一度も女を連れてこなくなったような気がする

わたしの錯覚か?

ふっ。
このツンデレ野郎が。

「ただいまあ!!」

そう言って靴を脱ぎ捨てて、わがやのように駆けこんでゆく保育園のスモック姿のあーたんは、すっかりこの家のマスコットキャラクターと化した。

そしてそんなあーたんを抱きあげて洗面所に連れて行くのは田中優也。

世界で一番優しい人。

「玲奈ー!オムライス一緒につくろーぜ!」

その時、康介がいきなり肩を抱いてきた。





『っ…離して!!やめて!!』

『ごめんな…玲奈。』




っ!!!





わたしは思わず康介の腕を強く振り払ってしまった。

顔を上げると、傷ついたような顔をした康介がいた。

「っ….」

ごめん…

康介とわたしの間に気まづい沈黙が流れた。

康介と気まずくなったことなんてないのに…

男が怖い。



康介で克服できた気持ちになっていた。



でも、あのトラウマは今でもわたしを呪っている。



「えーっと…?」翔太が私達を交互にみた、「お、お二人さん?」



「ご、ごめんな。」



そう言って困ったように笑う康介を見て、わたし何してんだろって思った。
「俺、ちょっとコンビニ行ってくるわ。」

そいって玄関を出て行く康介に、わたしは何も言えなかった。

今になっても呪い続けるあの日のトラウマ。

ひどいよ…こんなに時間がたった今でもわたしを呪うなんて…

もういいでしょ?

わたしだけが苦しんでいてバカみたい。

わたし、あんたたちに何をした…?

あんたたちは、わたしがこの四年間、どんな思いをして生きてきたと思う…?

十四年の重い痛みで済んだのに…

それをあんたたちは、十八年間の呪いへと変えたんだ。

いや、これからもきっと続くだろう。何十年間も呪われ続けるのかもしれない。

ただでさえ辛かったわたしを、あんたたちはもっと苦しめた。

康介の元に来て、もう終わったかと思った。

だけどこの痛みは、一生わたしに付きまとうような気がした。