ガラスの心に気づいたなら 〜 1

「え?」

「シャボン玉!」
わたしが怪訝そうに彼を見上げると、ウザ男は笑った。

わたしはムッとして彼をきつく睨んだ。
「やっと表情作った。」ウザ男は目を細めた、「あーたんっていうんすか?すごい人懐っこいっすね。お腹空いてたみたいだから特製カレーライス作ったんすよ。」

「…は?」

「ははっ、すごい過保護な姉ちゃんなんだなー。あーたんもこんな心配性な姉ちゃんがいてよかったな。」そう言って彼はあーたんの頭を撫でた。

「っ!ちょっと、触んないでよ。」そう言って離したけど…どうしてだろう。

あの瞬間、彼の手を拒否れなかった。

「まんま。」あーたんが彼を見ていった。

あ…

ママって言ってる…
初めて会うこんな不思議な人に…


わたしたちが親子だって知られたくない。

そしたら…

それを知ったら、どんな目でわたしを見るのだろうか。

きっとそれは軽蔑の目だ。

「ま…」

わたしは喋りかけたあーたんをぎゅっと抱きしめた。

ごめんね、ママ自分勝手で。そんな思いを込めてほおに顔をすり寄せた。


わたし…どうしちゃったんだろ。


わたしはゆっくりとウザ男を見上げた。
楽しそうにチカチカと目を輝かせるウザ男が…羨ましかった。

部活で生き生きとしている姿とか、面白そうに私に話しかけてくる時とか、倒れそうになったわたしを支えてくれたときとか…あーたんの頭を優しく撫でてくれたときとか。

広い心を持って、いつも楽しそうに笑ってる彼が、羨ましかった。





有馬康介。





わたしに夢ができた。それはあんたみたいに笑顔になること。いつか心の底から笑ってみたい。








生きる意味、見つけた。
「何か食べないと、体力つかないっすよ。」

隣ではあーたんがドーナツを頬張っている。どうやら毒は入っていないようだ。

だけどわたしはおかゆと向き合ってかれこれ30分。康介も呆れ気味だ。

「わたし、もう帰る。」

「いやいや、そんな身体で返せないっす。ほら、食べてくださいよ。」

くううううう。

わたしはおかゆをにらんだ末に、スプーンを握ってひとくち口に運んだ。
…!
っ…

『玲奈ちゃん。』

誰かがわたしを呼んでいる。

そんな風に優しく名を呼んでくれるのは、世界でたった一人しかいない…


『美味しい?』


「…い?」


どうして…


「…しい?」


わたしを置いていったの…?


「玲奈さん?」


わたしはふっと我に帰った。

そこには心配そうにわたしを見つめる康介の姿があった。


「どうしたんすか?」

「…くない」

「え?」

「…悪くない。」

そう言うと康介は目尻を細めて、嬉しそうに笑った、「ありがと。」


「あと…。」


「ん?」


「わたし、あんたと同級生だから…敬語はやめてよ。」


どうして自分から自分のことを明かしてるのかわからない。

この誘拐男に…。

「えっ、マジで!?」康介は驚いたように眉を上げた。

「わたし、老けて見えるから…」
「ぷっ。」

わたしは眉をひそめた。何よ。

「ふ、老けてって、くっ、あ、あはははは!」

なんなのよ。変な奴。

だけどこんなへんなやつと会話してる自分もきっとへんだ。

涙を拭う康介はなんだか可愛く見えた、「てっきり社会人か大学生かと思ってた。大人っぽいんだな、玲奈。」

っ…名前で呼ばれた。
そのあとはずっとスルーしたけど、今日はなんだか…嫌じゃなかった。


そのあとわたしは康介に言われるがまま休んだ。


もう何もしてこないことがわかったからだ。


未だに目的はわからない。


だけど今更帰ったってどうせバイトは首だし、あの同情してやとってくれてる店に行く気もしないし、





それに…もし誰もいなくなったら、わたし何するかわかんないから…








夕方になると、うとうとする意識の中誰かが帰ってくるのがわかった。

きつい香水の匂いが鼻をついた。

女の匂いだ。何度も嗅いだことがあるヤクザの匂い。

すぐにわかる。

「しょうたんの家に泊まりたーい。」
萌え声。
「いいよー。」
「おい、何勝手に女連れ込んでんだよ。」康介の呆れた声がする。
「って、誰あれ?」

女の足音が近づいてきた、「えっ、女?

「いや、それは違くて…」翔太と呼ばれた男が抗議している。

「なんなの、うざいんだけど。しょうたんこいつと寝てたわけ?わたしよりもこいつの方がいいんだ。ちょっと綺麗だからって調子乗んなよてめえ!」

いきなり腹に衝撃が来た。

逃げなかったのはめんどくさくなったから。

ひるまなかったのは慣れてたから。

ヒールが当たるけど動かない。
「っ…なんなの、反応なくてキモいんだけど。」

「っ、おい!やめろよっ!」

康介の怒鳴り声と、

「お前なんかもともと体目当てだっったっつーの。」

と悪態つく翔太の声が混じった。

康介が女を引き離すのが、うっすらと空いた瞼の間から見えた。

馬鹿な女はいきなりそばにあったプラスチック皿を投げつけたが、わたしはひるまなかった。

充分顔をそらす時間はあったけど、わたしは動かなかった。

女もまさか当たると思わなかったのかバツが悪そうな顔をした。

ひたいにごつんと、鈍い音と共にぶち当たり、はれていくんだろーななんてのんきに思った。

幸いあーたんはお風呂にあの真面目くんに入れてもらってるらしいから、わたしのこんな姿を見られずに済んだ。ちゃっかり知らない人にあーたんを引き渡したわたしはおかしい。

翔太が泣き叫ぶ女を引きづりながら家を去ると、康介の気配が近づいてきた。

まだ目を開ける気はしなかった。



「っ…ごめん。」