「え?」
「シャボン玉!」
わたしが怪訝そうに彼を見上げると、ウザ男は笑った。
わたしはムッとして彼をきつく睨んだ。
「やっと表情作った。」ウザ男は目を細めた、「あーたんっていうんすか?すごい人懐っこいっすね。お腹空いてたみたいだから特製カレーライス作ったんすよ。」
「…は?」
「ははっ、すごい過保護な姉ちゃんなんだなー。あーたんもこんな心配性な姉ちゃんがいてよかったな。」そう言って彼はあーたんの頭を撫でた。
「っ!ちょっと、触んないでよ。」そう言って離したけど…どうしてだろう。
あの瞬間、彼の手を拒否れなかった。
「まんま。」あーたんが彼を見ていった。
あ…
ママって言ってる…
初めて会うこんな不思議な人に…
わたしたちが親子だって知られたくない。
そしたら…
それを知ったら、どんな目でわたしを見るのだろうか。
きっとそれは軽蔑の目だ。
「ま…」
わたしは喋りかけたあーたんをぎゅっと抱きしめた。
ごめんね、ママ自分勝手で。そんな思いを込めてほおに顔をすり寄せた。
わたし…どうしちゃったんだろ。
わたしはゆっくりとウザ男を見上げた。
楽しそうにチカチカと目を輝かせるウザ男が…羨ましかった。
部活で生き生きとしている姿とか、面白そうに私に話しかけてくる時とか、倒れそうになったわたしを支えてくれたときとか…あーたんの頭を優しく撫でてくれたときとか。
広い心を持って、いつも楽しそうに笑ってる彼が、羨ましかった。
有馬康介。
わたしに夢ができた。それはあんたみたいに笑顔になること。いつか心の底から笑ってみたい。
生きる意味、見つけた。
「何か食べないと、体力つかないっすよ。」
隣ではあーたんがドーナツを頬張っている。どうやら毒は入っていないようだ。
だけどわたしはおかゆと向き合ってかれこれ30分。康介も呆れ気味だ。
「わたし、もう帰る。」
「いやいや、そんな身体で返せないっす。ほら、食べてくださいよ。」
くううううう。
わたしはおかゆをにらんだ末に、スプーンを握ってひとくち口に運んだ。
…!
っ…
『玲奈ちゃん。』
誰かがわたしを呼んでいる。
そんな風に優しく名を呼んでくれるのは、世界でたった一人しかいない…
『美味しい?』
「…い?」
どうして…
「…しい?」
わたしを置いていったの…?
「玲奈さん?」
わたしはふっと我に帰った。
そこには心配そうにわたしを見つめる康介の姿があった。
「どうしたんすか?」
「…くない」
「え?」
「…悪くない。」
そう言うと康介は目尻を細めて、嬉しそうに笑った、「ありがと。」
「あと…。」
「ん?」
「わたし、あんたと同級生だから…敬語はやめてよ。」
どうして自分から自分のことを明かしてるのかわからない。
この誘拐男に…。
「えっ、マジで!?」康介は驚いたように眉を上げた。
「わたし、老けて見えるから…」
「ぷっ。」
わたしは眉をひそめた。何よ。
「ふ、老けてって、くっ、あ、あはははは!」
なんなのよ。変な奴。
だけどこんなへんなやつと会話してる自分もきっとへんだ。
涙を拭う康介はなんだか可愛く見えた、「てっきり社会人か大学生かと思ってた。大人っぽいんだな、玲奈。」
っ…名前で呼ばれた。
そのあとはずっとスルーしたけど、今日はなんだか…嫌じゃなかった。
そのあとわたしは康介に言われるがまま休んだ。
もう何もしてこないことがわかったからだ。
未だに目的はわからない。
だけど今更帰ったってどうせバイトは首だし、あの同情してやとってくれてる店に行く気もしないし、
それに…もし誰もいなくなったら、わたし何するかわかんないから…
夕方になると、うとうとする意識の中誰かが帰ってくるのがわかった。
きつい香水の匂いが鼻をついた。
女の匂いだ。何度も嗅いだことがあるヤクザの匂い。
すぐにわかる。
「しょうたんの家に泊まりたーい。」
萌え声。
「いいよー。」
「おい、何勝手に女連れ込んでんだよ。」康介の呆れた声がする。
「って、誰あれ?」
女の足音が近づいてきた、「えっ、女?
「いや、それは違くて…」翔太と呼ばれた男が抗議している。
「なんなの、うざいんだけど。しょうたんこいつと寝てたわけ?わたしよりもこいつの方がいいんだ。ちょっと綺麗だからって調子乗んなよてめえ!」
いきなり腹に衝撃が来た。
逃げなかったのはめんどくさくなったから。
ひるまなかったのは慣れてたから。
ヒールが当たるけど動かない。
「っ…なんなの、反応なくてキモいんだけど。」
「っ、おい!やめろよっ!」
康介の怒鳴り声と、
「お前なんかもともと体目当てだっったっつーの。」
と悪態つく翔太の声が混じった。
康介が女を引き離すのが、うっすらと空いた瞼の間から見えた。
馬鹿な女はいきなりそばにあったプラスチック皿を投げつけたが、わたしはひるまなかった。
充分顔をそらす時間はあったけど、わたしは動かなかった。
女もまさか当たると思わなかったのかバツが悪そうな顔をした。
ひたいにごつんと、鈍い音と共にぶち当たり、はれていくんだろーななんてのんきに思った。
幸いあーたんはお風呂にあの真面目くんに入れてもらってるらしいから、わたしのこんな姿を見られずに済んだ。ちゃっかり知らない人にあーたんを引き渡したわたしはおかしい。
翔太が泣き叫ぶ女を引きづりながら家を去ると、康介の気配が近づいてきた。
まだ目を開ける気はしなかった。
「っ…ごめん。」