私がまだ幼稚園児だった時、金魚すくいをした。
悪ガキだった私は、ポイが破れても、しぶとく出目金を追いかけ回していた。
そうしたら、そんな私を近くで見ていた、同じリンゴ組の男の子がこういったんだ。
「どれだけ追いかけても、穴が空いていたら絶対に捕まえられないよね。それでも追いかけてるってことは本当に好きなんだね」
私はその後、その子に
「好きなら追いかけなきゃ。追い続けないと捕まえられないよ」
なんて、生意気なことを言った。
そして、記憶のどこかにその言葉が保管されていて、今引き出しが開いた。
「瑠衣ちゃん、諦めちゃダメ。好きなら追いかけなきゃ」
「でもでも、もう彼には彼女がいて、私が入る隙なんか無いの。手遅れなの」
夏休み前、ラスト1週間という時期に衝撃の事実が発覚してしまった。
なんと、瑠衣ちゃんがずっと思い続けている幼なじみの男子にカノジョが出来たというのだ。
だがしかし、そのカノジョは、瑠衣ちゃんの幼なじみの男子が片思いしていた相手ではないらしく、どうやら妥協の上で付き合っているらしいのだ。
そんな深刻な恋愛に関与したことの無い私は頭を悩ませていた。
瑠衣ちゃんと顔を合わせる度に、彼女がくりくりのお目めを涙でウルウルさせて見つめてくるものだから、忘れたくても忘れられないのだ。
彼女が、私がそのことを忘れるのを全力で阻止しているように思えた。
「瑠衣ちゃん、落ち着いて。絶対、瑠衣ちゃんのこと好きになってくれるよ。…ほら、好きな人を思い続けていれば、相手も思ってくれるようになるって言うじゃん。それに最終的には一緒に過ごした時間の長さが大事だって、テレビかなんかで言ってたし…。
だから、大丈夫!絶対、大丈夫!」
苦し紛れのフォローに精神的に疲れてしまった。
リニアモーターカー級の猛スピードで駆け抜けるようにしゃべったから、口の周りの筋肉が悲鳴を上げていた。
「…わかった。もう少し頑張ってみる」
瑠衣ちゃんはそう言うと、机から可愛らしい手帳を取り出し、8月のページを開いた。
8月13日に花火のシールが貼ってある。
「この日、花火大会なんだよね~。カノジョと行くのかもしれないけど、ダメ元で交渉してみる。ダメだったら、晴香ちゃんと行っても良い?」
「あっ…うん。いいよ」
一瞬彼の顔が浮かんだが、私はそれを振り払うように精一杯の笑顔を作った。
教室の片隅の花瓶に入れられて窮屈そうにしている向日葵に負けないように…。
「そういやさ、林間学校の3日目の夜、なんかあったでしょ?」
瑠衣ちゃんが声を潜めて話す。
「別に何も無いよ」
「いやいや、絶対になんかあったでしょ?なんか夜中にゴソゴソ物音したけど!!」
「…ああっ!あと5分で休み時間終わるよ」
瑠衣ちゃんは、チェっと舌打ちをしてから私を睨み付けた。
「後で絶対、話してよ!あたし、こう見えて意外としつこいから!」
机と机の間を見事にかいくぐって、彼女は自分の席に腰を下ろした。
そのしつこさなら、ずっと追いかけられるよ。
そしてきっと、幸せを掴める。
根拠の無い自信だけが私の中にあった。
それにしても、あの夜は、本当に存在していたのだろうか。
幻のような気がしていた。
夢のような気がしていた。
現実にあんなことがあったら心臓麻痺で、天使にお迎えに上がられていたと思う。
あれは現実だったのか…。
あれ以降の記憶は曖昧で、どうやって部屋に戻り、どうやって学校に帰って来て、どうやって家に着いたのか、一連の流れが全く思い出せない。
それをおおよそ把握しているはずの彼とはあの日以来合って無い。
肺炎を罹って入院中だ。
生徒の面会は家族が謝絶し、会うことを許されているのは、担任のみ。
その肝心の担任も、不慣れな行事に疲労困憊し、風邪を引いて声が出ない。
私は一切情報を仕入れることが出来なかった。
キーンコーンカーンコーン…
キーンコーンカーンコーン…
午後1時15分。
今日もまたチャイムは正確に学校中に鳴り響いた。
悪ガキだった私は、ポイが破れても、しぶとく出目金を追いかけ回していた。
そうしたら、そんな私を近くで見ていた、同じリンゴ組の男の子がこういったんだ。
「どれだけ追いかけても、穴が空いていたら絶対に捕まえられないよね。それでも追いかけてるってことは本当に好きなんだね」
私はその後、その子に
「好きなら追いかけなきゃ。追い続けないと捕まえられないよ」
なんて、生意気なことを言った。
そして、記憶のどこかにその言葉が保管されていて、今引き出しが開いた。
「瑠衣ちゃん、諦めちゃダメ。好きなら追いかけなきゃ」
「でもでも、もう彼には彼女がいて、私が入る隙なんか無いの。手遅れなの」
夏休み前、ラスト1週間という時期に衝撃の事実が発覚してしまった。
なんと、瑠衣ちゃんがずっと思い続けている幼なじみの男子にカノジョが出来たというのだ。
だがしかし、そのカノジョは、瑠衣ちゃんの幼なじみの男子が片思いしていた相手ではないらしく、どうやら妥協の上で付き合っているらしいのだ。
そんな深刻な恋愛に関与したことの無い私は頭を悩ませていた。
瑠衣ちゃんと顔を合わせる度に、彼女がくりくりのお目めを涙でウルウルさせて見つめてくるものだから、忘れたくても忘れられないのだ。
彼女が、私がそのことを忘れるのを全力で阻止しているように思えた。
「瑠衣ちゃん、落ち着いて。絶対、瑠衣ちゃんのこと好きになってくれるよ。…ほら、好きな人を思い続けていれば、相手も思ってくれるようになるって言うじゃん。それに最終的には一緒に過ごした時間の長さが大事だって、テレビかなんかで言ってたし…。
だから、大丈夫!絶対、大丈夫!」
苦し紛れのフォローに精神的に疲れてしまった。
リニアモーターカー級の猛スピードで駆け抜けるようにしゃべったから、口の周りの筋肉が悲鳴を上げていた。
「…わかった。もう少し頑張ってみる」
瑠衣ちゃんはそう言うと、机から可愛らしい手帳を取り出し、8月のページを開いた。
8月13日に花火のシールが貼ってある。
「この日、花火大会なんだよね~。カノジョと行くのかもしれないけど、ダメ元で交渉してみる。ダメだったら、晴香ちゃんと行っても良い?」
「あっ…うん。いいよ」
一瞬彼の顔が浮かんだが、私はそれを振り払うように精一杯の笑顔を作った。
教室の片隅の花瓶に入れられて窮屈そうにしている向日葵に負けないように…。
「そういやさ、林間学校の3日目の夜、なんかあったでしょ?」
瑠衣ちゃんが声を潜めて話す。
「別に何も無いよ」
「いやいや、絶対になんかあったでしょ?なんか夜中にゴソゴソ物音したけど!!」
「…ああっ!あと5分で休み時間終わるよ」
瑠衣ちゃんは、チェっと舌打ちをしてから私を睨み付けた。
「後で絶対、話してよ!あたし、こう見えて意外としつこいから!」
机と机の間を見事にかいくぐって、彼女は自分の席に腰を下ろした。
そのしつこさなら、ずっと追いかけられるよ。
そしてきっと、幸せを掴める。
根拠の無い自信だけが私の中にあった。
それにしても、あの夜は、本当に存在していたのだろうか。
幻のような気がしていた。
夢のような気がしていた。
現実にあんなことがあったら心臓麻痺で、天使にお迎えに上がられていたと思う。
あれは現実だったのか…。
あれ以降の記憶は曖昧で、どうやって部屋に戻り、どうやって学校に帰って来て、どうやって家に着いたのか、一連の流れが全く思い出せない。
それをおおよそ把握しているはずの彼とはあの日以来合って無い。
肺炎を罹って入院中だ。
生徒の面会は家族が謝絶し、会うことを許されているのは、担任のみ。
その肝心の担任も、不慣れな行事に疲労困憊し、風邪を引いて声が出ない。
私は一切情報を仕入れることが出来なかった。
キーンコーンカーンコーン…
キーンコーンカーンコーン…
午後1時15分。
今日もまたチャイムは正確に学校中に鳴り響いた。