「あきらめます。
どれだけ苦しくても、何年かけてでも」
この先先輩のことしか考えられなくてもいい。
誰かと結婚したいという望みがあるわけでもないから、忘れられないなら一生彼だけ想って過ごすまでだ。
「……それで後悔しないのね」
「はい。……最初は泣くと思いますけど」
付け足したことばに、自分で驚いた。
置いていこうと思っていたはずの感情が、置いていけないほど重いことを自分の発言で今更知るだなんて。いまさらすぎて、笑えない。
「……そっか」
ふわり。
微笑んだいくみさんの表情がどうもいつみ先輩とかぶって見えて、また胸の奥が苦しくなる。
「あ、見て。夕帆が走るって」
わざと話題を変えてくれたいくみさん。
この人は出会った時からずっと、優しい人だ。
「ほんとですね。
……夕帆先輩めちゃくちゃ美脚じゃないですか?」
「ほんとにね。
ロングジャージなのに美脚がわかるなんて、一体どっちが彼女なのよ、もう」
困ったように頰をふくらませるいくみさんの横顔には、夕帆先輩への惜しみない愛情があって。
思わず笑った。理事長秘書の立場があるから公には知られてないけど、いくみさんと夕帆先輩はかなり仲良しカップルだ。
「ま。
……ほかの女の子の前でかっこいいとこ見せられても困るけど」
いくみさんの口調はすごく優しくて、ちょっぴり自慢げで。
しあわせそうで羨ましいな、と一瞬思ってしまった自分の醜い気持ちを隠すように。わたしも盛り上がっている競技の方へと意識を向けた。